アルベルトの過去――友人フーリン
入学してから一ヶ月が過ぎた。
今、俺とローラは食堂で一緒に昼食をとっている。入学の翌日から変わらないルーティンだ。
当初の想像どおり俺たちに学友はできなかった。
俺はもちろん年齢のためだ。平均年齢一五歳の教室に二六歳のおとなは異質すぎる。クラスメイトが気を遣っているのがわかって逆に申し訳ない気持ちになる。
ローラはやはり出自だ。本人が気にしていたとおり、ローラの正体はすでに広まっていて学生たちは距離を置いていた。
というわけで、俺たちはいつも一緒に行動していた。
……見知った仲だし性格的な相性もいい。特に不満はないのだが。
「なかなか難しいものだな」
俺はぽつりと言った。
「何がですか?」
「友達」
「アルベルトさんはやっぱり友達が欲しかったんですか?」
「……いや、俺はどうでもいいんだが、ローラにはね」
「ふふ」
ローラがほろ苦い笑みを浮かべた。
「言ったじゃないですか。無理だって」
「そうなんだけどね……」
ローラは性格のいい子だ。できれば普通の――楽しい学生生活を送って欲しいと思う。一〇も年上の陰気な俺と一緒にいるよりはそちらのほうが健全だろう。
「いいんです! 一人も友達はできないと思ってたけど、アルベルトさんがいるじゃないですか!」
「……そうだな……俺でよければ」
「アルベルトさんがいいんです!」
にっこりとローラが笑った。
「そうだ。アルベルトさんにも一五歳のときはあったんですよね?」
「そうだね。少なくとも産まれたときは二六歳じゃなかった」
「学生時代、お友達はいたんですか?」
「友達、か……」
俺は遠い記憶のページをたぐった。
学生時代――学院に入学したばかりの俺には多くの友人がいた。侯爵家の息子。その肩書きは俺の交友関係を豊かにした。
だが、それは表面的なものだった。
俺が魔術師としてただの劣等であると知ると――無能な兄ではなく優秀な弟のほうが跡取りとして有望だと知ると――みんな潮が引くように俺を相手にしなくなった。
そんな俺を最後まで見捨てなかった友人が二人いる。
二人は最終試験の前日、俺を励ましてくれた。
「大丈夫だ。お前が頑張っているのを俺は知っている。最後ってのはいつだって報われるものだぜ?」
ひとりは男子生徒、ルガルド。
魔術騎士を目指す貴族の少年。子供の頃から続けている剣術のおかげで身体が俺より二回りは大きい。
「うんうん! 絶対に大丈夫だよ! アルベルトくん、今度こそいけるから! 自信を持って!」
ひとりは女子生徒、フーリン。
天然パーマの髪がくるくると渦巻く小柄な女性で、顔からはみ出そうな大きなメガネをかけている。
二人は最後の最後まで俺を見放さなかった。
そんな二人を――信じてくれた二人を――
彼らの信頼を投げ捨てて俺は逃げ出してしまった。
胸に痛みが走る。
はあ、と大きな息を吐いた。
「あ、あ、あ! ごごごごめんなさい!? 訊いたらダメでした?」
「いや……別に……友達は二人いたな――」
友達という言葉を使って俺は思った。
俺はあいつらを友達と呼んでいいのだろうか。呼べる資格を持っているのだろうか、と。
そして――
あいつらは今も俺を友達だと思ってくれているのだろうか……。
そのときだった。
「あ、いたいた! ローラさんだよね?」
女が割り込んできた。
対面のローラに顔を向けているのでよくわからないが、服装からして教職員だろうか。くりくりとした天然パーマが目立つ小柄な女だ。
「はい、そうですけど?」
「明日からの水質調査、あなたにも出て欲しいんだけど!」
「え?」
驚くローラ。
水質調査――王国の大きな湖が今年に入ってから急激に汚染が進んでいるらしい。学院として調査に向かうらしく、そのついでに何人か生徒たちを見学に連れていくらしい。
もちろん選出基準はランダムではない。
メンツを見ればわかる。明らかにそれは学院の期待の表れ。
すでに競争は始まっているのだ。
一週間くらい前にフィルブスが参加者に資料を渡したとき、ローラは選出から漏れていたのだが。
「リストが間違っていたのよ! 今さっき気づいて! フィルブスに伝えようと思ったら今日休みだし! 急だけど大丈夫?」
「え、は、はい。大丈夫ですけど……?」
「ごめんね! はい、これ資料!」
ばさっと女が封筒をローラに押しつける。
俺は声をかけた。
「よかったじゃないか」
ローラは選ばれたのだ。まだ学院の期待の枠に入っている。
彼女は俺と違って優秀だ。ローラには今よりふさわしい場所がある。ローラが認められるのはとても喜ばしい。
「なに他人事みたいに言ってるの? アルベルトくんもだよ?」
そう言って女が俺のほうを向く。
顔からはみ出そうな大きなメガネをかけた女性だった。
……。
……え?
その顔に映像がだぶる。
一〇年前、毎日のようにいつも一緒にいた少女の顔が――
目の前の女も同じ様子だった。まるで金縛りにでもあったかのように見開いた目で俺を見ている。
「……アルベルトくん……? 本当にアルベルトくんなの? 年齢が一致しているからまさか、と思っていたけど……」
俺は知っている。
彼女の名前を知っている。
「フーリン――」
それが彼女の名前だ。
一〇年ぶりに、一〇年前に去った学院で俺は昔の友人と再会したのだった。




