王立魔術学院の入学式
入学式――
講堂の壇上に年老いた学長が立っていた。好々爺然とした雰囲気をまとい、柔らかい口調で祝辞を述べていた。
「魔術師を目指す才能ある学生諸君。よくぞ、この王立魔術学院に入学してくれた。教職員一同、君たちを心から祝福し歓迎する。この学び舎で学んだ諸君らが大きな足跡を王国に残してくれる未来を心から楽しみにしておるよ。頑張りたまえ」
こうして俺たちは学院の生徒となった。
入学式が終わった後、俺たちはそのまま教室へと向かう。俺とローラは奇遇にも同じクラスだった。
短く伸ばしたあごひげが目立つ若い男が教卓の前に立つ。
「お前たちの担任であるフィルブスだ。これから一年間よろしく」
フィルブスが勉強しろよーと言いつつも、自分の学生時代は適当に流していたけどなと続けて学生たちの笑いを誘う。
「だって、あの宮廷魔術師カーライルが同窓だぜ? 頑張る気にもならないよ」
からからからとフィルブスが笑う。
カーライルと同窓――その事実を聞いた瞬間、生徒たちの視線に憧れの熱が加わる。
……あの宮廷魔術師は天才で大人気なんだな……。
ノリの軽い男で、生徒に人気の出そうな担任だった。
話が一段落したところで、まさに思い出したという様子でフィルブスが続けた。
「ああ、そうそう。言い忘れるところだった」
そして、ごそごそとポケットをまさぐった。
取り出した小さな何かを教卓の上に転がす。
フィルブスはひとつ手にとって俺たちに掲げて見せた。
「見えにくいだろうが――校章だ」
表面には王立魔術学院の紋章が刻まれている。
「まだお前たちは校章をもらっていない。欲しいか? 悪いな。この校章は誰でももらえるわけじゃない」
フィルブスは全員の視線が集まるのを待ってから話を続けた。
「これは試験で一定の成績を修めた生徒にのみ授与される。最初はこの『石』の校章。これを一年が終わるまでに取る必要がある」
「……取れないと、どうなるんですか?」
生徒のひとりが訊く。
フィルブスはにこりと笑って答えた。
「退学だ」
ざわりと学生たちがざわめく。
俺は反応しない。揺らがない。
知っているからだ。俺の代から何も変わっていない。
学生たちは動揺しているが、それほど警戒する必要もない。普通に学生生活を送って――普通レベルの成長を成し遂げていれば誰でも達成できる難易度だ。
……一〇年前の俺にはできなかったが。
俺は最後の最後まで校章をもらえなかった。最後の学年試験に臨もうとして――その緊張感と自分への失望に押し潰された俺は学院から逃げ出したのだ。
もらえなかった校章。
今度は手にすることができるだろうか。
手にすることができたのなら、俺はどんな気持ちになるだろうか。
欲しい。
そう思った。
フィルブスは石の校章を手放すと、別の校章を手に取った。
「おいおい、石ごときで焦るなよ! 石なんて誰だって取れるさ。石の次は『鉄』。これがないと二年で退学だ。気をつけろよ!」
その後、フィルブスはきらりと輝く校章を掲げる。
「そして、ノルマの最後は『銀』だ。こいつを三年の終わりまでに取れないとお前たちは学院の卒業生にはなれない。気合い入れろよ。だけどな……これで終わりじゃないんだよな」
くっくっくっく、と笑いフィルブスは逆の手で二つの校章をつまみ上げた。
「銀まで取れば卒業できる。だが、それ以上の成績を挙げたものには『金』、さらに上の『ミスリル』が授与される。金以上は厳しいからな。一生ものの勲章だ。頑張ってみるんだな」
「せんせー」
生徒のひとりが手を挙げる。
「なんだ?」
「先生も学院の卒業生なんですよね? 校章は何だったんですか?」
「何の変哲もない銀だよ! 悪いか!」
その言葉を聞いて教室がどっと沸く。
「同窓のカーライルさまはどうだったんですか?」
「あいつは二年が終わる頃にはミスリルだったよ」
その瞬間――
しんと教室が静まった。
その言葉だけで理解したのだろう。凡才と天才の間に横たわる越えられない能力の差を。
フィルブスが手をひらひらと振った。
「まー、あいつは別格だから。比較するな。カウント外だ。とりあえず俺を目標に頑張ることだな」
「まずは普通からってことですか?」
「そうそう――って、おい! 普通ってバカにしてるだろ!?」
学生たちがくすくすと笑う。教室に和やかな空気が流れた。
「……まあ、そんなわけでだ。まずは石の校章を目指せ。それまでお前たちはここの生徒だがここの生徒じゃない。意味わかるか? はやく俺たちにお前たちを認めさせろ、半人前ども」
フィルブスは不敵ににやりと笑うと「今日は以上だ、解散!」と言って出ていった。
生徒たちが立ち上がり帰り支度を整える。
のろのろと荷物をまとめ始めた俺にローラが声を掛けてきた。
「アルベルトさん! 一緒のクラスでよかったですね! まずは石の校章! 一緒に頑張りましょう!」
「そうだな」
石の校章。
昔の俺がついに手にできなかったもの。
さっき担任が言っていた。それを手に入れるまでは『お前たちはここの生徒だがここの生徒じゃない』と。
その意味だと、一〇年前の俺は最後まで生徒にすらなれなかった。
この学院にいただけ。
だからこそ俺は強く願った。誓った。今度こそはと。
一〇年もの時を超えてここに舞い戻ってきた意味は、きっとそれを成し遂げたときに俺は実感できるのだろう。
ローラにほほ笑みを向けて、俺は言った。
「ああ、頑張ろう」




