厄災の魔女
――厄災の魔女はご存じですか?
二人だけの夜、唐突にローラはそんなことを言い出した。
もちろん、知っている。
魔術師を目指すものなら、魔術史に残る大人物はあまねく頭に入っている。
厄災の魔女。
その異名は一〇〇〇の魔術を操るワン・サウザンドことマグナスにも劣らぬほどに大きい。
白髪赤眼という目立つ風貌の女で扱える魔術の数は五〇〇ほど。歴史に名を残す魔術師としてはいささか寂しい数値だが、それは彼女が攻撃魔術ばかり習得していたからだ。
攻撃魔術だけに限れば、マグナスよりも数は多いらしい。
それほどに偉大な人物であるのだが――
マグナスの名が魔術史に燦然と輝くとするのなら、彼女の異名は地に堕ち、全魔術師の汚点として語られている。
彼女はその圧倒的な力で王国に戦いを挑んだのだ。
王国は多大な犠牲を払いながらも勝利したが、荒廃した国土が活力を取り戻すまでに長い年月がかかったそうだ。
そこで俺は気がついた。
ローラの髪は真っ白で、それはとても珍しい色なのだ。
厄災の魔女と同じ――
「厄災の魔女なら知っているけど?」
俺はそう答えた。
すると闇の向こう側にいるローラが新しい問いを投げかける。
「昨日の夜、兵士たちがここを『呪われた村』と言っていたのは覚えていますか?」
「覚えている」
「それはですね、こういう意味なんです。この村は厄災の魔女に連なる血族が作った村なんです」
「ああ」
……そういうことか。だから呪われた村か。厄災の魔女が暴れたのは遠い昔の話だが、子供の頃におとぎ話でさんざん聞かされる。この国に生きる者にとって厄災の魔女は『悪』の代名詞なのだ。
村人を見ると白っぽい髪の人が多いなとは思っていたが、そういうことらしい。
「この村にはまれに厄災の魔女の血が色濃く出る真っ白な髪の子供が産まれるんです」
「それがローラなんだね」
「そうですね……目は青いですけど」
くすり、と笑うローラの声が聞こえた。
「わたしは呪われた村の呪われた血筋の人間なんです。だから、学院で友達はできないと思います」
よくわからない話だな……。
「ローラはローラじゃないか。厄災の魔女なんかじゃない」
「はい。わたしもそう思います。変な話ですよね」
「気にしすぎだよ。今さらそんなことで差別する人もいないさ」
「……子供の頃の話です。わたしに魔術の才能があるとわかった両親はわたしを近くの街の魔術塾に通わせました。わたしは友達を作ろうと頑張って話しかけたんですが――魔女だ魔女だ、殺されるぞ……そんな風に言われて避けられました」
ローラは悲しそうな声でそう告げた。
「目立つ風貌ですからね。わたしの出自に気づく人はどこかに必ずいて、どうしても漏れてしまうんです」
魔術学院には貴族も多い。そういう情報はなおさら流通するだろう。お家柄で相手を『区別』するのが常識の連中なのだ。
「髪を染めてしまえばどうなんだい? わからないだろ?」
「普通に生きていくだけならそれでいいかもしれませんけど……どうもこの変わった髪は魔力と関係あるみたいで、染めてしまうと魔術の効果が弱まるんです」
だから、とローラは言葉を強めた。
「魔術師として生きると決めた以上はこの髪から逃げられません」
「どうしてそんな辛い想いをしてまで魔術学院にいくんだい?」
「……少しでも村の扱いがよくなって欲しいからです」
「村の扱い?」
「この村はそういう由来があるので、国からあまりいい扱いを受けていません。これでもずいぶんとマシにはなったそうですが。それも歴代の魔女の血を引く村民が魔術師として国に貢献し認めてもらったおかげです」
ローラは力強い声で続けた。
「わたしも村のみんなのために力を磨きたい。そう思っています」
「ローラは村の希望なんだね」
「そ、それほどのものでもないんですけど……! 村のみんなは無理しなくていい、普通に生きていってもいいって言ってくれるんですけど……そんな優しい皆さんだからこそ、わたしはわたしのできることで頑張りたいと思っています!」
ローラという女の子が少しわかった気になれた。
今までは性格のいい真面目な女の子という印象だったが――彼女には彼女なりに譲れないものがあって思い悩み、それでも懸命に前に進もうとしているのだ。
ローラの震えた声が闇から届いた。
「こんなわたしですけど……友達でいてくれますか?」
拒絶拒絶拒絶拒絶拒絶。
村の外でローラはずっとそれだけを味わってきたのだろう。そんなローラがどれだけの勇気を振り絞って今の言葉を口にしたのか考えるまでもない。
だから――
答えなど、すでに決まっている。
昔の俺だったら言えただろうか。一〇年前に魔術学院に通っていた俺だったら。まだ自分に才能があると信じていて、貴族という恵まれた世界に生きていた俺なら。
だが、俺は知っている。己の弱さに耐えきれなくて逃げ出す辛さも。無価値な人間と烙印を押される悲しみも。
そんな俺が、今ここで俺にすべてを伝えてくれたローラに言うべき言葉はひとつしかない。
「もちろんだ。俺はどこまでも――いつまでもお前の友達だ。誓うよ。これだけは何があっても貫くと」
しん、と部屋が静かになった。
ぐすぐすとローラが鼻をすする音が聞こえた。
「……ありがとう、ございます。アルベルトさんと出会えて本当によかった……」
長い静寂の後、ローラはそう言った。
「……ちょっと喋りすぎましたね。寝ましょうか」
「そうだな。お休み、ローラ」
「お休みなさい、アルベルトさん」
そうして、俺の長い一日は終わった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
翌朝、俺は自宅へと帰ることにした。
いつの間にやら村の英雄に祭り上げられた俺は、村民総出でお見送りされることになった。
「またいつでも来てくれよ!」
村長がそんなことを言ってくれる。
ローラ父が俺につかつかと近寄ってきた。
「最後に確認するが、本当に昨晩は何の間違いもなかったのかね?」
「お父さん、しつこいよ!? 何もなかったって言ってるでしょ!」
父親の腕を引きながら、顔を真っ赤にしたローラが叫ぶ。
起きたときからたびたびローラ父から間違いはなかったのかと確認されていた。なかなかのプレッシャー……。
「ありませんよ」
俺はふっと笑って答えた。
「俺とローラは友達ですから。そういうのはありません」
「はい! 友達ですから!」
にっこりとローラがほほ笑み返してくれる。
ローラは村に留まり、入学に向けての準備をするそうだ。また入学式にあわせて王都に上がるらしい。
俺はローラに手を振った。
「じゃあ、今度は学院で」
そして、右手を虚空に掲げていつもの言葉を口にした。
「マジックアロー」
俺は蒼天へと駆け上る。
間もなく――俺の二回目の魔術学院生活が始まるのだ。
第一章、入学前編終了です。次から入学後になります。
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