娘を嫁にもらってくれないか?(急すぎる)
前回までのあらすじ⇒ローラの父に娘を嫁にもらってくれ、と言われた。
「ええええええええええええええええ!? ちょ、ちょっと、お父さん! 何言ってるの!?」
唖然とする俺の代わりに猛抗議したのは娘のほうだった。
父はあごに手をあて、首を傾げた。
「うん? お前を嫁にもらってくれと言っただけだが?」
「当たり前のように言ってるけど、意味がわかんないよ!?」
その後、必死の形相でローラが俺を見る。
「アルベルトさん、ごめんなさい! お父さん酔っ払ってるみたいです! 冗談! 冗談ですから! 気分を悪くしないでくださいね!」
「あ、ああ……」
俺は状況についていけず生返事をする。
ローラ父が首を振った。
「ローラよ。私は本気だぞ」
「フォローが台なしだよ、お父さん!?」
「アルベルトさんは実に素晴らしい人だ。そういう人に娘をもらってくれと頼むのは親としての務めだ。それともお前はアルベルトさんが実は嫌いなのかね?」
「いや、嫌いじゃないけどさ……尊敬もしているけどさ……それとこれとは別の話じゃない!? 卑怯だよ、お父さん!」
「アルベルトくんはどうかね?」
「え、いや、まあ……」
あいかわらず俺は話についていけないが。
ちなみにローラ父の話はそれほど荒唐無稽でもない。
この世界、それほど自由恋愛主義でもないのだ。結婚とは家と家の話であり親がとりまとめるというのは珍しい話ではない。俺も実家を追放されるまでは親が決めたどこかの誰それ令嬢と結婚するものだと当たり前のように思っていた。
そんな世の中なので将来性があると見込んだ男に自分の娘を売り込むのは確かに『親としての務め』だったりする。
……あまり俺に将来性はないので、さすがに節穴すぎるが。
俺のような人間と一緒になってもローラが不幸になるだけである。ここはお断り以外の選択肢はない。
「いろいろ早すぎるのではないかと。物事には順序があります」
「ふむ。であれば順序を踏めば問題ない、と?」
……なかなかバイタリティのある御方だな。
どう言えばいいのだろうか。困った俺はちらりとローラに視線を送る。ローラは顔を真っ赤にして、うーとうなっていた。
「ローラさんも困っているようなので――」
と俺が言いかけたとき、ローラ父が手をひらひらと振った。
「私も急だというのは重々承知している。結婚は家と家の関係を結ぶものだが、本人同士の気持ちも大切だ。幸い君たちはこれから学院で一緒に学ぶ。その間に考えてみてくれないか?」
こう譲られると、今ばっさりお断りともいかない。
「……はあ、わかりました」
俺はそんな気のない返事をした。
学院を卒業するまで最短でも三年だ。その間にこんな約束はいつの間にか消えてしまっているだろう……。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
なんて思ったときが俺にもありました。
どうやらローラ父は短期決戦で勝負を仕掛けるようだ。
なんと俺は今、ローラの部屋に泊まっている。ローラの家ではない。ローラの部屋に泊まっているのだ。
ローラの部屋に。
「す、すいません……こんな狭い部屋で……」
「い、いや……別に構わないが……」
真っ赤な顔のローラ。実に気まずい。
なぜこんなことになってしまったのかというと――
俺は今晩も村長の家に泊まるつもりでいた。宴が終わり、割り当てられていた部屋に戻ろうとしたところ、村長が話しかけてきた。
「アルベルトくん、すまんがね、今日は空き部屋がないのだよ」
「そうなんですか?」
「うむうむ。昨日の部屋は別の人に割り当てる話が前からあってね。すまないが別の家に移動してもらえないか?」
……廊下を歩いていたら、いくつか空き部屋あったように見えたのだが……。
「わかりました。別の家にいけばいいんですね?」
「ああ。リディアス――ローラの父の家に行くといい。彼が面倒を見ると言っていたから」
そう言われて俺はローラの家に向かったのだった。
で、ローラ父に言われたのだ。
「娘の部屋に泊まってくれ」
そんなわけで、俺は今ローラと同じ部屋にいる。
空気が、実にきまずい。
……さっきの『嫁にもらってくれ』発言のせいだ。あれがなければ、もっと普通に振る舞えるのだがなあ……。
というわけで、俺は提案した。
「ローラ」
「は、はい!」
「寝よう。もう疲れた」
いろいろとね……。
「そうですね! わたしもそのほうがいいと思います!」
ローラが早口気味にまくし立てながら俺の意見に同意してくれた。
明かりを消し、俺たちは床につく。
補足しておくが、ローラはいつもどおり自分のベッドで眠り、俺は掛け布団だけもらって床で寝た。ローラからはわたしが床で寝る、客なのだからベッドで寝てくれと言われたが、俺は固辞した。
疲れていたのは事実だった。
ゴブリンの洞穴まで出向いたし、慣れない宴会にも出席した。さっさと眠れると思ったのだが――
眠れない。
妙な意識が頭のなかにへばりついていて眠くならない。
――ローラを嫁にもらって欲しいということだ。
その言葉が頭から離れない。
どうやらローラも同じようで、ベッドからごそごそと寝返りをうつ音が聞こえてくる。
「……あの、アルベルトさん」
「……なんだ?」
「今日お父さんが言ったこと、あまり気にしないでください。わ、わたしなんて全然アルベルトさんに釣り合いませんから」
「大丈夫だ。特に気にしていない」
「そう、ですよね」
しばらくの沈黙が続いてから、またローラが口を開いた。
「アルベルトさんとわたしがどうなるかわかりませんが……その、まずお友達として仲よくしたいです……!」
「俺もだよ」
もちろん、そちらの関係なら異存はない。
だが、少しばかり気になることもあった。
「……先に言っておくが、俺に遠慮はするなよ?」
「え?」
「俺はもう二六だ。ローラを含めた他の学生たちと比べて一〇も年が離れている。ローラには同い年の友達がたくさんできるだろう。そのときは俺に遠慮せずそちらの輪に飛び込め。わかったな?」
「ああ……」
ローラはそう応えた。
なぜかその声には悲しげな響きがあった。
「大丈夫ですよ。おそらく、わたしは友達ができないですから」
「……そんなはずはないだろ?」
ローラは性格がいい。つきあいは短いがそれは断言できる。なのに、友達ができない?
ローラはしばらく考えた後、意を決したようにこう言った。
「厄災の魔女はご存じですか?」




