ゴブリンスレイヤー(下)
「グギャアアアアアアアアアアアアアアア!」
積み重なったゴブリンの死体を吹き飛ばし、ゴブリンロードが姿を現した。
おそらくは――俺のマジックアロー乱れ打ちを避けるため、部下を肉の盾にして逃げ込んだのだろう。
さすがはゴブリンたちの部族長。二メートルほどの立派な体格だ。その右手には大きな戦斧を握っている。
「フウウウウウウウウウウウウウウウウウ!」
目をぎらつかせながら俺たちを威嚇している。
だが、その左腕は力を失いだらりと垂れ下がっている。ずんずんと歩いてくるが、その動きは左右にゆらゆらと揺れ精彩に欠けている。
どうやら無傷ではすまなかったようだ。
手負いのゴブリンロード。
それに興奮の声を上げたのがガルシアだ。
「はーはっはっはっはっはっは! いいぞいいぞ! こいつはいい! 俺もゴブリンロード殺しに名を連ねられるチャンスだ!」
ガルシアは剣を構えゴブリンロードとの距離を詰める。
「お前たち! 手を出すな! こいつはこのガルシアさまが直々に狩ってやる! 一対一だ!」
そう叫ぶと、ガルシアがゴブリンロードに斬りかかった。
意外に剣の腕は確かなのだろう、左右に小刻みに動きながらゴブリンロードに素早く斬りつける。
「グガアアアアアアアアアアアアアアア!」
ゴブリンロードが怒りの声を上げる。斧をぶんぶんと振り回すが、唐突な状況の変化による混乱と深刻なダメージでまったく狙いが定まらない。
「はーっはっはっはっは! このガルシアさまの勝利だァッ! ゴブリンロード、お前の首で昇進だ! ちょろい仕事だなァッ!」
ガルシアの剣がゴブリンロードの腹に突き刺さった。
だが、ゴブリンロードは倒れなかった。
がらん、と大きな音がして斧が床に転がり落ちる。そして、その丸太のように太い右腕でガルシアの肩をつかんだ。
「ぐ、な、何だ、貴様!? 悪あがきを!? さっさと死ね! さっさと倒れろォッ!」
ガルシアが傷口をえぐるように突き刺さった剣を動かす。
それでもゴブリンロードは決してガルシアを離さなかった。
そして――
ごいん!
広間中に響くような大きな音が響き渡った。ゴブリンロードのヘッドバットがガルシアの頭を直撃したのだ。
「ぷぺ」
それがガルシアの最期の言葉だった。
ガルシアの頭は鎧にめり込むかのような勢いでひしゃげ、圧縮された。ぐらりと揺れて、後ろへと倒れる。
「ギゲエエエエエエエアアアアアアアア!」
興奮したゴブリンロードが勝利の雄叫びをあげる。腹に刺さったガルシアの剣を引き抜いた。流れ出る血などお構いなく、俺たちへと視線を向ける。
その目は死を覚悟していた。俺たち全員を道連れにする覚悟の目だった。
「ひっ」
眼力に負けた兵士たちが悲鳴を上げて後ろに下がる。
ゴブリンロードが雄叫びとともに兵士たちに襲いかかった。
兵士たちは剣を振って防ごうとするが、腕力の差は圧倒的だった。
四人の兵士たちは死にこそしなかったが、全員あっさりと弾き飛ばされて地面に転がる。
ゴブリンロードがガルシアから奪った剣を振り上げた。
その残酷な刃が不運な兵士の頭へと振り下ろされ――
「マジックアロー」
直後、ゴブリンロードの頭が爆散した。
俺はこの瞬間を待っていた。
ゴブリンロードの前にいる兵士たちが邪魔だったのだ。狙おうと思えば狙えなくもなかったが……変に動かれて兵士に当たると困る。
頭を失ったゴブリンロードの手から剣がこぼれ落ちた。がらん、と音がする。その後、ゆらゆらとその巨体が揺れ、大きな音ともに地面に倒れた。
ふー……終わったか……。
「ゴブリンロードが一発で……? ……ありえない……」
兵士のそんなつぶやきが耳に入った。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
その夜もまた村で宴会が開かれた。
ゴブリンたちを全滅させたためだ。
村人以外の参加者は俺だけだった。生き残った兵士たちはガルシアの亡骸を回収すると逃げ出すように帰っていったからだ。さすがに居づらかったのだろう。
人見知りするので本当に辞退したかったのだが――
「主役がいなくてどうしますか!」
「そうですそうです! ぜひ参加を!」
そんな感じでごりごりと押されて仕方なく参加した。
みんな勘違いしているな。
俺はマジックアローしか使えない価値のない男なのだが……。
人見知りする俺だが、どうやらみんな俺に感謝――というかなにやら尊敬の念があるようですごく気持ちよく接してくれた。こういう飲み会だとさすがの俺も楽しくなってくる。
村長が俺の隣に座ってやたらと話しかけてきた。
「いやあ、すごいな、君は! 学院でもローラのことを頼むよ! この子も君ほどではないが、素質のある子だから!」
「そ、そんな……わたしなんて……! アルベルトさんの足下にも及びません!」
村長は逆サイドの隣に座るローラが頭をぶんぶんと振る。
俺は言った。
「いやいや……ローラはすでに俺よりも上ですよ。俺のほうこそローラの足下に及びません」
「そんなわけないだろ!」
がはははは! と村長が大笑いする。
「だが、謙虚なところは美点だ! 気に入った!」
と言って俺の肩をばしばし叩いた。
……別に謙遜しているわけではないのだがな……。
村長がひょいと首を傾けて誰かに話しかけた。
「わしは気に入ったぞ、リディアス。才能もあり、だが、決して居丈高にならない好青年。話を進めてみてはどうかね?」
「……そうですね」
そう言って、その誰かが「失礼」と言って移動して俺の前までやってきた。
その人物を見るなり、隣のローラが口を開いた。
「あ、お父さん」
「娘が世話になっているようで」
目の前の人物が頭を下げた。
ローラの父親か。確かに顔立ちに面影がある。髪の色は灰色だが。
昨日は村長の家に泊めてもらったのでローラの父に会うのはこれが初対面だった。
「ガルドから話は聞いている。大活躍だったそうじゃないか」
「運がよかったみたいです」
「あの村長は人を見る目も確かでね。村長が君を好人物と言ったのだ。初対面だが、私は君を信用できる人間だと思っている」
「そうですか」
……いったい何を言いたいのだろうか。
話の筋が見えない。口ぶりからして何かを頼みたい感じがするが。
ローラの父がようやく用件を切り出した。
「そんなわけでだ、アルベルトくん」
「はい」
「うちの娘を頼んだよ」
「はい。学友として支え合っていこうと話しています」
「いやいやいやいや」
そう言うと、ローラ父は首を振った。
「そういう意味ではなくてね」
「そういう意味ではない?」
「そうだ。私が言いたいのはね」
一拍の間を置いてからローラ父が続けた。
「ローラを嫁にもらって欲しいということだ」
俺の代わりに反応したのは隣のローラだった。
「ええええええええええええええええ!? ちょ、ちょっと、お父さん! 何言ってるの!?」




