ゴブリンスレイヤー(上)
村人の放った矢は狙い違わず、二本ずつ左右のゴブリンを刺し貫いた。
一方、ローラのマジックアローは左側の頭を直撃――だが、右側は右肩に当たっただけだった。
「ごめんなさい……!」
ローラが息の詰まりそうな声で言う。
左側は目をむいて卒倒するが、右側はよろけただけ。
「グギィ!?」
「何をやっている!?」
ガルシアが噛みつくような声で叫び、ローラをにらみつけた。
「えーい、撃て撃て撃て!」
ガルシアが慌てて指示を飛ばすが、弓の第二射は洞穴へと逃げ込むゴブリンを捕らえられなかった。
「へたくそが!」
ガルシアが吐き捨てる。
ゴブリンは洞穴へと飛び込み、ギャアギャアと大声で叫んだ。
俺は足下に置いてあった、ローラにあらかじめライティングの魔術をかけてもらった石を洞穴へと投げ込んだ。
洞穴に飛び込んだ石が周辺を照らす。
一〇を越える粗末な剣と盾を持ったゴブリンたちが怒りの声を上げて突っ込んでくるのが見えた。
ガルシアが叫んだ。
「村人どもぉ! 前に出ろ! ゴブリンどもを抑えるんだ!」
「な、何を言っているんだ!? 前に出るのはあんたら兵士の仕事だろう!? その立派な鎧は飾りか!?」
「効率よくゴブリンを倒すためには攻撃力のある我々が援護に回る方が効率がいいんだよ!」
「村人を危険にさらすというのか!?」
もとから期待していなかったが、ガルシアの態度はひどすぎる。
聞いてられないな……。
俺は右手を洞穴へと向けた。
ゴブリンの先陣がもうすぐ洞穴から飛び出そうとするタイミングで、俺は引き金となる言葉を口にした。
「マジックアロー」
ごぉん!
まるで巨岩が崖から落ちて地上に激突したかのような爆音が響き渡った。
ぎゃあぎゃあうるさかったゴブリンの声がしんと静まる。
同時、言い争うガルシアと村人の声もやんだ。
「な、何が起こったんだ……?」
ガルシアがあっけにとられたような声でつぶやく。
勇気のある村人がそろそろと洞穴に近づき、そっと洞穴の中をのぞき込んだ。
そして、振り返って報告した。
「し、死んでます。出てこようとしていたゴブリンたち……」
「おおおおおおおお!」
村人たちも兵士もわいた。
「あ、あんた、すごい魔術師なのか……!?」
ガルドが驚きの表情で俺を見る。
「……そうでもないですよ……」
俺は首を振った。たったひとつしか魔術の使えない男。使える魔術の数が優秀さの世界だと、俺は最低最弱なのだ。
実に恥ずかしい……。
俺はガルドに訊いた。
「あれで終わりですか?」
「い、いや……。たぶんあの集落には五〇くらいのゴブリンがいるはずだ。それに奧にはゴブリンロードもいる」
ゴブリンロード――確かとても危険な生物だ。普通のゴブリンは村人でも腕っ節に自信があれば倒せるレベルだが、ゴブリンロードは腕利きの戦士でも油断するとやられるレベルと聞く。
あまりに危険なので今回の討伐対象から外されているほどだ。
俺は立ち上がると洞穴の入り口まで近づいた。
右手を差し出す。
「マジックアロー」
「マジックアロー」
「マジックアロー」
「マジックアロー」
「マジックアロー」
俺の一言ごとに洞穴の奧へと白い矢が飛んだ。それは一発ごとに洞穴の奥底でどごぉん、どごぉん、と地に響く音を発する。
俺のマジックアローは跳ね返る。壁に当たると反射するようにできるのだ。反射した無数のマジックアローは食い破るべき柔らかい肉を見つけ次第、突き刺さり爆撃する。
洞穴の奧は大変なことになっているだろう。
……かわいそうな気もするが、仕方がない。
ローラの村に実害が出ているのだ。俺たちは人間で、あいつらは人間に害を及ぼす。ここで叩かなければいけないのだ。
血を吸う蚊がいれば人間は叩きつぶす。
結局のところ、それと何ら変わらない。
「マジックアロー」
「マジックアロー」
「マジックアロー」
「マジックアロー」
「マジックアロー」
五〇匹くらいと言っていたか。不発もあるだろうから一〇〇発ほど洞穴に叩き込んでおいた。これで充分だろうか。
俺は後ろに振り返った。
「終わったんじゃないかな?」
「ほ、本当か……?」
ガルシアたち五人の兵士がのぞき込む。
しん、と静かな状況を確認すると、やおら威勢のいい声を上げた。
「よぉぉぉぉぉし! ゴブリンたちの状況を確認するぞ! 村人ども、五人ついてこい! あと魔術師もな!」
先導する村人に松明を持たせ、ガルシアたちが奧へと入っていく。
俺がそれについていこうとすると、背後から声がかかった。
「す、すごいですね、アルベルトさんは……」
ローラだ。
「いやいや……それほどでもないよ……」
俺は首を振った。
ローラは俺以上に多くの魔術が使える。ランクはローラのほうが上なのだ。本当に恥ずかしい限りだ。
俺とローラは洞穴の奧へと進んでいく。
「はっはー! すごいぞ! ゴブリンの死体ばかりじゃないか!」
ガルシアが機嫌のいい声を出す。
ガルシアの言うとおり、あちこちに身体を爆散させたゴブリンの死体が転がっていた。
たまに瀕死のゴブリンがよろよろといるが、ガルシアは容赦なく襲いかかりとどめを刺した。
「はっはっはっは! 俺の手柄だ俺の! はっはっはっは!」
そして、俺たちは洞穴の最奥へとたどり着いた。
そこは今までと様相が少し違っていた。ぽっかりと大きな広間で、動物の頭蓋骨や木で作られた調度品などが置いてある。
何かしら、ゴブリンなりの気品を感じさせる空間だった。
おそらくはゴブリンロードの部屋だろうか。
そこもあちこちにゴブリンたちの死体が転がっている。死に損ないのゴブリンにガルシアが嬉々として躍りかかりとどめを刺す。
そのとき――
俺は気がついた。
広間の奧にゴブリンの死体が積み重なっていることを。その死体のかたまりがぶるぶると震えたのを。
「グギャアアアアアアアアアアアアアアア!」
絶叫とともにその死体を投げ捨て、何かが立ち上がる。
二メートルはある巨大なゴブリン。その右手には大きな戦斧が握られていた。
ガルシアが渇いた声でそれの正体をつぶやく。
「ゴ……ゴブリンロード!?」




