Ex1.アルベルトとローラの冬休み(下)
マジックアロー2巻、発売中です!
購入していただいた方、ありがとうございます!
翌朝、ローラの父リディアスが俺たちにこんなことを聞いてきた。
「君たち、何か間違いはあったかね? あったよね?」
顔を真っ赤にしたローラが声を大きく荒らげた。
「もう、お父さん! そういう反応はいらないって言ってるでしょ!」
「いやいや……お父さんも辛いんだよ。お約束は守らなければならないからね」
「どこの誰に忖度しているの!?」
リディアスは相変わらずの様子だ。……まあ、ああやって娘をからかうことでコミュニケーションをとっているのかもしれない。
ローラはぷいっと横を向いた。
「もう! そういうのは本当にないから! お父さん、わけわかんない! もう相手してあげないから! わたしは今日、アルベルトさんと一緒に山登りするから時間もないの!」
「ああ、山登りね」
ちらりとリディアスが窓に目をやり、山を見た。
「雪が積もっているから気をつけるように」
「うん、わかった」
「もし遭難して下山できなくなったら、ちゃんと避難するんだよ。冬の山は寒い。体温が維持できなくなったら恥ずかしがることなく身体を寄せ合うこと。お父さんはよく知らないけど、素っ裸で抱き合うほうが効果が高いらしいよ。お父さんはよく知らないけど」
「お父さん、口を閉じてもらってもいいかな?」
そんなわけで、ローラ父を放置して俺たち2人は雪山を登ることになった。
別に体力に自信がないわけではないのだが、さすがに雪山となると勝手が違う。雪に足をとられながら、俺は一歩一歩と少しずつ前に進んだ。
「すみません、アルベルトさん。大変ですよね?」
前を行くローラが振り返る。ローラの足取りは俺よりも滑らかだった。子供時代から雪の上を歩き慣れているのだろう。
「大丈夫だよ」
「そう言ってもらえると嬉しいです! どうしてもアルベルトさんと一緒に行きたい場所があるんです。申し訳ないですけど、もうひと頑張りしてもらえますか?」
「ああ、頑張ろう」
ローラが俺に見せたいもの。それがなんなのか興味がある。慣れない雪くらいでへこたれるつもりはない。
それからずっと歩き、ちょうど昼になる頃、ローラが振り返って俺に言った。
「ここです」
今までずっと狭い登り道を登っていたのだが、急に視界が開けた。
そこは平原だった。今は雪がびっしりと積もっていて真っ白に染まっているが、夏場ならきっと緑の草が生い茂っているのだろう。
加えて、とても見晴らしがいい。周囲にある山がよく見える。どの山も、その山に生い茂る無数の木も雪化粧で真っ白に染まっている。下方にある湖は見事に凍りついていて、歩こうと思えば歩けそうな様子だ。
まるで絵画を思わせるような、雪と氷の世界がそこには広がっていた。
「秋なら黄色と赤に染まっていて――春と夏は緑、そして、冬は真っ白に。季節ごとに様相が変わる美しい場所なんですよ」
「きれいだね。ローラの好きな場所なの?」
「はい。子供の頃はここによくひとりでやってきて、ひなたぼっこしながら本を読んだり、昼寝をしたりしていました。あ、初夏の頃の話ですよ?」
昔を思い出したかのようにローラが口元を緩める。
「この場所をアルベルトさんにも知ってもらいたくてお連れしました――あの……つまらなかったですか?」
「ははは」
ローラの反応が面白くて、俺は思わず笑ってしまった。
「そんなことはないよ。ありがとう。俺も静かで美しい場所が好きだから、気に入っているよ」
「よかったです! この村に戻ると決まったとき、誕生日はここで過ごしたいと思っていましたから!」
聞き捨てならない言葉に俺は違和感を覚えた。
「え、誕生日?」
「え?」
俺の反応にローラが首を傾げる。
「今日ってアルベルトさんの誕生日ですよね?」
「……ああ」
言われてみると、確かにそうだ。あまりにも興味がなかったので、すっかり忘れていたが。
「そういえばそうだった」
「忘れていたんですか!?」
「まぁ、な……」
「アルベルトさんらしいですねー、うふふふ」
「俺の誕生日なんてどうでもいいよ」
もう27だし……。
「そんなことないですよ! だって、ほら!」
そう言って、ローラは自分の胸元にある月の形をしたブローチを指さした。
「これ、アルベルトさんがくれた誕生日プレゼントですよ? わたしもお返しをしないと。お返しをすると約束したじゃないですか!」
そうだった。
確かリュミナス領でそのブローチをローラに贈った際、俺の誕生日を訊かれたのだった。
「うん。ありがとう、ローラ」
俺は再び景色に目を向けた。
「素晴らしい風景だね。乙な誕生日プレゼントだ。ローラ、君が大切にしてくれているものを俺に教えてくれて嬉しいよ」
「あ、いや、その――それだけじゃないです!」
ローラが持ってきていたカバンをごそごそと漁り出す。
「さ、さすがに景色だけでは、その、貧乏くさいというか! ちゃ、ちゃんと物も用意してあります!」
そう言って、ローラは指三本ぶんくらいの大きさの、矩形の品物を俺に差し出した。
布製だが、なかに木の板でも入っているのだろうか、ソリッドな印象を受ける。青色の表面に緑色の月が刺繍されていた。
ローラの胸に輝くブローチと同じ形のものが。
「お守りです。月の部分はわたしが刺繍して作りました。あの、手作りで、その、やっぱり貧乏くさいかもしれませんが……どど、どうでしょうか?」
「これを、俺に?」
「は、はい……お気に召していただけると、嬉しいのですが……」
目をぎゅっとつむり、緊張している様子のローラがおかしかった。そんな様子のローラをいつまでも眺めていたくなってしまう。
「ありがとう、嬉しいよ」
俺は心からそう言うと、ローラの差し出したお守りを受け取った。
「ほほほ、本当ですか!? よかったです!」
ローラが両手を胸の前で組み、はあ〜と大きく息を吐く。
「でも、すみません。風景に手作りのお守り――本当に貧乏くさい感じで……その、難しくて」
「難しい?」
「だって、アルベルトさんって貴族の人じゃないですか? あんなにすごい生活をしているわけですから、わたしが買えるものを贈っても意味ないですし……」
だから、か。
だから、ローラは自分の大切な場所と手作りのものを贈ってくれたのか。
確かに、平民が貴族に物を贈るなんて気を使うか……。別に俺はなんだっていいんだが――それは興味がないという意味ではなくて、ローラがくれたものならなんでも嬉しいという意味だ。
俺は首を振った。
「嘘でもお世辞でもなくてね――この風景にお守り。とても嬉しいよ。俺には最高のプレゼントだ。ありがとう、ローラ」
「そう言ってもらえると嬉しいです!」
心から安堵した様子でローラがにこやかにほほ笑んだ。
「ローラ。また一緒にここに来よう。今度は冬じゃなくて春くらいがいいな。俺もここで本を読んだり昼寝をしてみたい」
「いいですね! はい、すごく気持ちいですよ! 絶対に一緒に来ましょうね!」
「ああ、絶対だ」
前にもこんな約束をしたことがあった――
九頭龍を倒した後のことだ。九頭龍によって荒れ果てた大地、その復興をユニコーンの力に託して俺たちは帰路についた。そのとき、ローラと誓ったのだ。また一緒にここに来よう。清められた大地を、緑豊かになった大地を一緒に歩こうと。
ローラとの約束が増えた。
それは悪くない感覚だった。きっと日々を重ねるごとに段々と増えていくのだろう。ローラとの未来が重なり合う話は俺の胸に心地よさを与えてくれた。
もっと、もっと増えていけばいい。
もっと、もっと増やしていこう。
「……昨日、言い忘れていたことがあるんだ」
「はい?」
ローラは言ってくれた。俺に出会えて本当によかったと。
その言葉を返さなければならない。
「俺も君と出会えて本当によかったと思っているんだ。君と出会えたから全ては始まった。君と出会えたから全てを変えることができた。今の俺の全ては君のおかげなんだ。本当にありがとう」
「アルベルトさん……」
少しだけ下を向いた後、顔を上げたローラが笑みを浮かべて俺の目を見た。
「お互いに、意味がある出会いで――本当によかったですね!」
「ああ、本当に」
俺はうなずくと右手を差し出した。
「これからもよろしく頼むよ」
「はい、こちらこそ」
そう言って、ローラは笑みを浮かべて俺の手を握り返してくれる。
冬の世界の寒さを感じさせない、優しい温かさが手の先から伝わってきた。




