Ex1.アルベルトとローラの冬休み(中)
マジックアロー2巻、発売中です!
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その夜――
想像していた通りだが、俺はやはりローラの部屋に泊まることになった。
「すまないが、アルベルトさん。村に空いている場所がなくてね。ローラと相部屋になってくれ」
ローラの父がそんなことを言うからだ。
「すすす、すみません、アルベルトさん……! 村には空いている場所なんていくらでもあるのに、うちのお父さん、ちょっと頭がおかしいみたいで――!」
「構わないよ」
顔を真っ赤にするローラに俺はこう言った。
「同じ部屋のほうがローラとたくさん話ができるからね。ローラもそうだろう?」
「は、はい! はい、そうですね!」
ローラが頭をぶんぶんと振る。
「わたしも、アルベルトさんと一緒がいいです!」
そもそも、俺とローラはずっと一緒に旅をしているので、同じ部屋で寝るのも野宿も普通のことだったりする。今さらそんなことで恥ずかしがることはない。
……だが、まあ、自分の親からこんな提案をされてしまったローラからすれば、いろいろと意識して恥ずかしくなるのは当然だろうな。
「疲れましたし、今日は寝ましょうか?」
「そうだね」
ローラと話したいことはたくさんあるけれど、何も慌てる必要はない。これまでと同じく、これからも俺とローラの時間は続いていくのだから。ずっとずっと。
明かりが消えた。
ローラがベッドに寝て、俺は床で寝ている。真っ暗な世界で俺とローラの静かな息だけが聞こえる。
なかなか寝付けないのだろうか。
ローラのいる方角からシーツの擦れる音が聞こえる。
「……あの、アルベルトさん。まだ起きています?」
「起きているよ」
「なんだか、昔のことを思い出して――眠れなくなっちゃいました」
「そうなんだ」
……俺も同じだったりするんだが。俺とローラが出会ったのは俺の家近くの林だが、俺とローラの関係が本当に始まったのは、この部屋で過ごした、あの夜からだ。
どうしても感傷的な気分が胸によみがえる。
「――少しお話ししてもいいですか?」
「もちろんだよ」
そこで言葉が途切れた。しんとした沈黙が夜の闇を包む。
ローラはきっと言葉を探しているのだろう。この瞬間にふさわしい言葉を。己の心を正しく表す言葉を。
俺は静かに待った。ローラがその言葉を見つけ出すまで。
やがて、ローラが口を開く。
「……覚えていますか? ここで厄災の魔女の話をしたこと」
「ああ、覚えているよ」
もう一年近く前の話になるのか。ローラは俺に呪われた出自を教えてくれた。この村の人間は大昔に王国と争った白髪赤眼の『厄災の魔女』の子孫たちで、ローラの真っ白な髪はその力を強く受け継いだ証なのだ。
そのため、子供の頃からローラは外の世界で冷たい視線を向けられていた。
「あのとき、言わなきゃと思ったんです。それを知らせずに一緒にいるのは違うと思って」
少し間を置いてから、ローラはこう続けた。
「……あとで知られてから、距離を置かれるのも辛いですし……」
それはきっとローラの過去にあった話なのだろう。
――雪みたいできれいな、珍しい白髪だね!
そう言っていた友達が、ある日、こう言うのだ。
――骨みたいに怖い、気持ちの悪い白髪だね。近づかないでくれる?
少しでも心が通じたと思っていたのなら、それは辛いことだろう。それなら最初から拒絶されていたほうがまだマシだ。
だから、ローラは俺に事実を伝えたのだ。
嫌うのなら今から嫌っておいて欲しいと――
「だけど、アルベルトさんは気にしませんでしたね」
「そうだね」
「あれは……その、わたしに気を遣ってくれたんですか? 本当に気にしていなかったんですか?」
今度は俺が考える番になった。
正解が何かを考えようとは思わなかった。俺の心を、正しくローラに伝えたいと思った。そのための言葉を探す必要があった。
やがて、俺は口を開いた。
「俺もまた――拒絶の悲しさを知っているから」
ローラが息を呑む。
「ローラも知っている通り、俺も侯爵家を追い出された人間だ。だから、ローラの辛さを少しは感じることができたんだ。俺にできることは何かと考えて――俺は君の気持ちに寄り添おうと決めたんだ」
侯爵家のエリートとして順調に育っていたら、そんなことを考えただろうか。
それはあの日も思ったことだが、今も答えは出ない。
ただ、わかっていることは――
弱さも辛さも、知ることができてよかった。そのおかげで今の俺があり、俺のかたわらにローラがいてくれるのだから。
今度はローラが考える番になった。
ずいぶんと間を開けてからローラが答えてくれた。
「アルベルトさんの優しさが――どれだけわたしの心を満たしてくれたのか……言葉にしたいんですけど、ダメですね。言葉にできません……胸はこんなに暖かいのに、痛みを覚えるほどなのに……」
さらに言葉を続ける。
「本当にありがとうございます、アルベルトさん。あのとき、わたしと友達になってくれて……どれくらい救われたか――感謝してもしきれません。それからも楽しい日々ばかりで。ずっと素晴らしい時間でした」
ひと息いれてからローラが言葉を続ける。
「これからもずっと友達でいてくれますか?」
「もちろんだよ、ローラ。その想いだけは決して変わらない。俺はいつも君のそばにいるよ」
「ありがとうございます。アルベルトさんと出会えて本当によかった……」
それは奇しくも1年前と同じ言葉だった。
あの夜、ローラの声には涙がにじんでいたが、今は違う。それにはもっと別の感情――明るくて心地よい息づかいが宿っていた。
それこそが、この1年で――俺とローラが積み上げたものなのだろう。
ローラの心が安らかになって本当によかった。
「なんだかいろいろ話したら、少し落ち着きました。寝ましょうか」
「そうだね」
「……明日なんですけど、村の近くにある山に登りませんか? アルベルトさんと一緒に行ってみたい場所があるんです」
「それは楽しみだ」
俺と一緒に行ってみたい場所。どこだろうか。だけど、それを聞くのは無粋だろう。ローラの案内に任せてたどり着き、そのときに知るのがいい。どんな場所だって構わない。ローラの知っている世界を――ローラが俺に教えてくれる世界を知るのが嬉しい。
そこでふと気がついた。
リュミナス領を旅していたときのローラの気持ちも同じだったのかもしれない、と。だったら嬉しいのだが。俺の世界を知ることに、ローラが喜びを感じていてくれたのなら。
ローラが話を続ける。
「あ、あのですね――たまたまなんですけど、たまたまなんですけど! 明日をこの村で過ごせて、よ、よよ、よかったと思います!」
……明日?
何か意味があるのだろうか。
「すみません、変なことを言って! おやすみなさい! また明日!」
慌てた様子でローラが話を急に打ち切った。ごそごそとシーツに身体を埋める音が聞こえる。
……なんだかよくわからないが、まあ、ローラが楽しみにしていることだ。きっと俺にとっても悪くはないに違いない。
明日は何があるんだろう。楽しみだ。
面白かったよ! 応援しているよ! という方は2巻の購入をお願いいたします! 次回は6月1日の夜に更新します。
連載の継続には打ち切りを回避しなければならず、なかなか厳しい状況です。書籍でしか読めないエピソードが満載ですので、ぜひ購入をお願いします!




