【6章完】戦い終わって――アルベルトと王太子(下)
ヴィクトルは大股に部屋を横切ると、俺たちの対面――カーライルの横にどさりと座った。
王太子ヴィクトル・ヴァレンティアヌ。
金髪を短く切った長身の男だ。
伝え聞くところによると剣術や馬術を趣味にしていて並みの騎士など相手にもならない実力を誇っているらしい。
鍛え抜かれた身体は服の上からでもわかるほど。
顔立ちは親族であるナスタシアほど人間離れはしていないが、充分に整った顔立ちをしている。ただ、本人の性格と積み重ねた年月のためか甘さよりは野性味を感じさせる雰囲気を漂わせているが。
「アルベルト・リュミナス、リヒルト・シュトラム。苦労をかけたな、大儀である」
俺たちが礼を述べると、ヴィクトルはさらに話を続けた。
「貴族の不正を暴き、王族であるナスタシアを救った。お前たちの働きは値千金。本来であれば全貴族たちを呼び出し、皆の前で称賛されてしかるべきだ」
そこでヴィクトルは首を振った。
「だが、この事件はあまりにも影響が大きく裏も深い。公にするには時期尚早だ。理解して欲しい」
俺は静かにうなずき、リヒルトは「もちろんです」と即答する。
……耳の早い貴族たちだ。隠しきるには事件も大きすぎる。ある程度はバレるだろうが――真実を知る人間が少ないのも事実。すべてを把握することはできないだろう。
「とはいえ、だ。国家に尽くしてくれた忠臣は国の宝。その働きを『よくやった』の言葉だけですませたとあっては甲斐性がない」
そこで、ヴィクトルが俺を見た。
「アルベルト・リュミナス。リュミナス家への褒美だ。王家の直轄領ガーブルス地帯を領土として貸与する!」
領地を――!?
思いもしない褒美に俺は驚いてしまった。
だが、次の瞬間に気がつく。
ガーブルス地帯?
「あの、あの、あの!?」
慌てた声を出したのはリヒルトだった。
「ガガガガ、ガーブルス地帯は私に貸与されている領地なのですけど!?」
それを俺に与える。つまり領地の没収だ。
リヒルトにしてはたまったものではない。
「ま、まさか、その、私はクビですか!?」
「はっはっはっはっは!」
そんなリヒルトの様子がおかしいのかヴィクトルが大声で笑う。
「安心しろ。お前には別のものを用意している。ちょうど空いている領地があってな」
「……それは……?」
「隣のエメギス伯爵領だ。エメギス伯爵には親族がいない――まあ、いてもいなくても家の取りつぶしは避けられないがな……。リヒルト、お前にはその領を与えよう。あわせて子爵から伯爵へ昇爵とする」
「――!」
リヒルトは固まっていた。現実に頭が追いついていないようだ。
それも当たり前だろう。
すでに領主ではあったが、今までは『貸与された』王家の領を治めていただけ。
それがいきなり領を与えられてしまったのだ。
借り物ではない『自分の領』を持つ――それは貴族として大きなステータスだ。
おそらくリヒルトの胸には様々な感情が去来しているのだろう。
よかったな、リヒルト。
やがて、絞り出すような声をリヒルトが出した。
「……ありがとう、ございます……」
だが、そこで言葉は終わらなかった。
「……ですが、その、少しもらいすぎだと思うのですが――」
「ほう」
ヴィクトルが口元を緩めてリヒルトを見る。
「欲がないのか? 面白いことをいう男だな」
「いや、欲はありますけど! ですけど、その――」
リヒルトの目が俺を見た。
「決着をつけたのはアルベルトさんですから! そのアルベルトさんが領地の貸与だけだと、私と釣り合わない感じがして……」
……ああ。リヒルトは俺に遠慮しているのか。
いらない気を使うやつだ。
だけど、そういう気持ちが俺には嬉しかった。
「リヒルト、気にするな。俺に不満はないよ」
それは俺の本音だ。
俺は次代のお飾り領主。貴族的な野心など最初からない。リヒルトが評価されるのなら、俺はそれを純粋に喜びたい。
リヒルトが首を振った。
「ダメですよ、アルベルトさん。俺ばかりがもらいすぎです。グリージア湖沼の戦いでもそうだったじゃないですか。さすがにアルベルトさんに悪いですよ!」
「気にしなくていい」
「気にしますって!」
俺たちのやりとりを見ていたヴィクトルが静観していたカーライルに話しかけた。
「なかなか面白い奴らだな?」
「……同感です」
「だが、信頼はできそうだ。己の欲望に忠実な普通の貴族どもよりはよっぽど信義をわきまえている」
ぱん、とヴィクトルが手を叩いた。
「リヒルト、いくつかお前の考え違いを訂正しよう」
「……? 考え違い?」
「まずお前は己を過小評価している。決着をつけたのはそこのアルベルトかもしれないが、もともと伯爵に疑いを持って動き出したのはお前だ。そして、そこのアルベルトを呼び出したのもな」
そして、ヴィクトルはこう続けた。
「お前が動いたからこそ事態が動いたのだ。それは大きな成果だ。誇るがいい」
王太子からの言葉を受けて――
リヒルトの顔が紅潮していた。王国で二番目に偉い人物がリヒルトの貢献を認めたのだ。
それがどれほど嬉しいことか。
俺は小さくうなずいた。
よかったな、リヒルト。
王太子が話を続ける。
「あと、お前は領地をもらった事実に浮き足だっているがな、これはそれほどおいしい話でもない。なにせ圧政で領は疲弊し、城は完全に崩壊している。お前はその建て直しに奔走しなければならない」
「……確かにそうですね」
「得るものも多いが損な役回りでもある。精神的には子爵のままのほうが楽かもな。……辞退してもいいが?」
「いえ」
リヒルトはきっぱりと言った。
「それほどに期待されているのなら、受けさせていただきます!」
それから俺のほうを見て、
「アルベルトさん、いいんですね? 俺、このチャンスをつかんじゃいますよ?」
と言った。
「構わない。頑張ってくれ」
貴族としての才能に欠ける俺にはとてもできない大役だ。リヒルトがそれを果たしてくれるのなら俺だって気持ちがいい。
王太子の目が俺を見た。
「だが、確かにお前への報償は少ないというリヒルトの言葉にも一理ある。アルベルトよ、何か望むものはあるか?」
「……そうですね」
俺は少し考えてからこう答えた。
「私自身は充分ですが、ローラにも何か与えていただければと」
「ローラ?」
「私の大切な学友です。伯爵領にも同行して危機に立ち向かってくれました。彼女の機転が何度も私たちを救ってくれました。彼女にも相応の評価をお願いしたく存じます」
「……そうか、なるほど。それは悪いことをしたな」
ヴィクトルがカーライルに目を向ける。
「報償の選定――頼めるか、カーライル」
「承りました」
カーライルがうなずく。
ローラの貢献を伝えることができて――それを認めてもらえた。その事実に俺は静かな満足感を覚えた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
翌日、王城に呼び出されたローラはぴかぴかに光る勲章をもらって学院に戻ってきた。
「アアアア、アルベルトさん! わ、わたしまで表彰されていいんですかね! こ、こんなとんでもないものをもらって!?」
「もちろんだよ。ローラ。ローラの機転には何度も助けられた。胸を張って受け取って欲しい」
ローラは勲章を高々と掲げると大声で叫んだ。
「村長さんお爺ちゃんお婆ちゃんお母さんお父さん弟妹に村のみんなあああああ! ローラやったよおおおおおおおお!」
「本当に嬉しそうだね?」
「はい! それに、勲章だけじゃなくてですね、これから三年間、村の減税も約束してもらいました! わたしを育ててくれた村の皆さんにやっとお返しができたと思うと本当に嬉しくて嬉しくて――!」
本当に嬉しかったのだろう。
感極まった様子で、ぐすりとローラが鼻を鳴らす。その目からうっすらと涙がこぼれた。
「あ、ご、ごめんなさい!」
「いいんだよ」
ローラがどれだけ故郷の村を愛しているのか俺は知っている。
だから、ローラの喜びを俺は自分のことのように感じられた。
「おめでとう、ローラ。よかったね」
「はい! ありがとうございます!」
ローラは本当に幸せそうな笑みを浮かべていた。
本章エンドです!
【告知】マジックアローの更新ですが、しばらくお休みとなります。
お伝えしたとおり、書籍2巻の発売やコミカライズのスタートなどありまして、いろいろ大人の事情が絡む感じです。今後は売り上げの結果を眺めてからとなりますね。
売れなければ――切ない結果となりますねー(涙)
まだまだ読みたいよー、面白いよーという方は購入という形でお気持ちを伝えていただけると嬉しいです。明るい未来への確率が上がりますので。
書籍2巻は【4万3000字の大加筆】です。Web版を読んだ方にも楽しんでいただけると思います! 買って損はありません!
書籍2巻>5月28日
「買うよ!」という方はですね、4月末がシュレ猫1巻の発売なので、4、5末に私絡みの何かがあると覚えておいていただければと思いますねー。
かなり長期で休むと思いますので、今後はブクマの更新をお待ちください。
ちなみに【シュレ猫】のほうは予定通り【4月27日】に再開いたします。そちらを読んでくれている方とは「お久しぶり」が早くなるかと思いますね。
俺だけ選び放題、S級レアアイテムも壊れスキルも覚醒した【シュレディンガーの猫】で思うがまま!
https://book1.adouzi.eu.org/n0383gq/
そんな感じですね。
今までお読みいただきありがとうございました。……いや、まだ終わってないですけど(笑)
追伸)
マジックアローのコミカライズ2話目が無料落ちしました! 幼アルベルトがかわいい! リュミナスパパも登場です!




