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戦い終わって――アルベルトと王太子(上)

 戦いが終わった後、俺はエメギス領にある治癒ちゆ院に入院することになった。

 治癒院とは教会が開いている治療施設だ。


 基本的には神官に回復魔法――魔術ではない――をかけてもらい、そのまま静養することになる。

 ただ、神官の回復魔法はあくまでも応急処置レベル。折れた骨はくっつくがもろく、閉じた傷口は油断すればすぐ開く。一瞬ですべてを治せる奇跡にはほど遠い。

 それでも回復魔法のおかげで痛みもずいぶんとマシになり、自活に支障がない状態にまで回復した。ありがたい限りだ。

 ……まだ元気に動き回れる状態ではないが。


 そんな俺にリヒルトがこう言った。


「休んでいてください、アルベルトさん! あとは俺たちでやっておきますんで!」


 そう、まだ事件は片付いていない。

 王家に忠誠を誓う伯爵家の陰謀――

 超巨大ゴーレムの存在――

 城そのものが破壊されるほどの被害――

 耳を疑うようなことばかりだ。リヒルトはこれから王都へと大急ぎで戻り、それを王家に報告しなければならない。

 その辺はあまり俺の得意分野ではない。リヒルトに任せておこう。


「ローラさん、アルベルトさんのこと頼むよ!」


「はい、任せてください!」


 リヒルトの言葉にローラが両手をぎゅっと握りしめて答えた。

 リヒルトはナスタシアとともに高速馬車に乗り、大急ぎで自分の領へと戻っていった。


 そんなわけで俺は治癒院で療養に専念することになった。


 リヒルトに言われたためか、毎日ローラが俺の病室にやってきた。

 とりとめのない雑談をしたり、しなかったり。

 無言で本を読む俺の横でローラが魔術の勉強をしていたり。

 ローラが切ってくれたリンゴを一緒に食べたり。

 ローラは静かに俺の横に寄り添ってくれて、俺が必要としたときに笑顔を向けてくれた。

 沈黙の時間は多かったが、気詰まりはなかった。

 ローラが隣にいるというだけで俺の心には張りがあった。


 だけど、ローラはどうなんだろうか?


「ローラ」


「はい?」


 ローラが読んでいた魔術書から顔を上げる。


「毎日、病室に来るのも退屈じゃないか? たまには休んで出歩いてきたらどうだい?」


「……うーん、アルベルトさんはひとりになりたいですか?」


「いや、そんなことはない。ローラがいてくれると嬉しいよ」


 俺の言葉にローラがにっこりとほほ笑んだ。


「それなら大丈夫です!」


 そして、こう続ける。


「ひとりで歩くよりは元気になったアルベルトさんと一緒に歩きたいです!」


「そうだね。そうしよう」


「はい!」


 年が明ける頃には俺の体調もだいぶよくなってきた。そろそろ退院を考えていると、

「お待たせしました!」


 リヒルトが戻ってきた。

 リヒルトの話によると第三王女であるナスタシアの口添えもあってリヒルトの言い分は全面的に認められた。あとで王都から調査隊が派遣されるらしい。

 リヒルトは俺を連れ戻すため、高速馬車で一足先に来たそうだ。


「アルベルトさん、身体は大丈夫ですか?」


「大丈夫だ、問題ない」


「それはよかった! 戻りましょう!」


 そんなわけで俺たちはリヒルトの領へと戻り、それから転送陣で王都へと移動する。

 俺とローラは学院の寮へと戻った。

 これですべてが終わった――

 と思っていたのだが。


「アルベルトさん! 入りますよ!」


 のんびりする間もなく、別れたばかりのリヒルトがせわしない様子で俺の部屋を訪ねてきた。


「……何か用か、リヒルト?」


「あのですね! さっき王城に報告に戻ったらですね、明日アルベルトさんを王城に連れてくるように言われたんですよ、カーライルさまに!」


 ……カーライル?

 俺も事件の関係者だ。俺からも話を聞きたいのかもしれない。

 もちろん、俺に否はない。翌日、俺はリヒルトともに王城にあるカーライルの執務室へと向かった。


「待っていたよ、アルベルト、リヒルト」


 カーライルが柔和な笑みを浮かべて俺たちを迎えてくれた。


「そこにかけたまえ」


 勧められた応接セットに俺とリヒルトが座り、対面のカーライルと向かい合う。

 カーライルが口を開いた。


「今回はとても危なかった。あの巨大なゴーレムに第三王女ナスタシアさまの洗脳――放置していれば国家を揺るがす惨事に発展していただろう。君たちふたりの活躍には感謝しかない」


「ありがとうございます!」


「……王国貴族としての責務を果たしたまでです」


 リヒルトと俺が応じる。

 カーライルが話を続けた。


「まさか重ミスリルを使ったゴーレムとはね……斬新なものを造ってくるものだ。武器も魔術も弾く巨人――まるで悪夢そのものだ」


「……とは言ってもゴーレムはゴーレムです。あなたほどの魔術師なら作成できるのでは?」


 俺の言葉にカーライルは首を振った。


「無理だ。これは僕の能力の問題じゃなくてね……すべての魔術師にとって不可能なんだよ」


「……どうして?」


「忘れたのかい? 重ミスリルは魔術への耐性が高いんだ。ゴーレムとして使役する魔術も弾いてしまうんだよ」


「ああ」


 言われてみれば。

 納得する俺を見て、カーライルがくすりと口元を緩める。


「……そんな重ミスリルのかたまりをマジックアローで破壊した君に言っても説得力はないかもしれないけどね」


「お待ちください、カーライルさま」


 そこでリヒルトが割り込んだ。


「私は魔術のことはわからないのですが――おっしゃっていることが矛盾していませんか? 重ミスリルのゴーレムは造れない、と聞こえるのですが? であれば、アルベルトさんが倒したあのゴーレムは何でしょうか?」


「ふふふ……あのゴーレムはね、厳密にはゴーレムじゃないんだ。ただの巨大な人形だよ」


「……人形?」


「ああ。それをあのフォルスという男が操っていたんだよ」


 一拍の間を置いてからカーライルが続けた。


「糸でね」


 ……糸。

 その単語は今回の騒動で何度も聞かされた言葉だ。


「ナスタシアさまも言っていたよね。糸の夢を見た、と」


 カーライルは中空に視線をさまよわせながら言葉を紡ぐ。


「こんな奥義があるらしい。特殊な力で造り出した糸で人の意志を侵略し思うがままに操る――ナスタシアさまを襲ったのはそれだろう」


 それからこう言った。


傀儡師くぐつしというらしい。人ですら操るのだ。彼らの領分である人形なら、それが巨大な像であっても容易なことだ」


 ……なるほど。

 魔術でかりそめの命を吹き込んでいたわけではなく、外から糸で操っていたのか。

 確かにそれなら重ミスリルの特性は無視できる。

 俺はカーライルに言った。


「そんな使い手がなぜこんなことを? 目的は?」


 カーライルは少し考えてからこう切り返す。


「グリージア湖沼で戦った紋章師を覚えているかい?」


 俺はうなずいた。

 ダメージ99%カットのタトゥーを彫り込んだ男だ。


「傀儡師もまた紋章師と同じく『闇』に属する人間だってことさ」


 ――!?

 そう言うことか。それならば納得もできるが……。

 そのとき、俺の隣でぽつりと声がした。


「闇……?」


 声に振り返るとリヒルトがいぶかしげな表情を浮かべていた。

 リヒルトは闇のことを知らないのだから当然だ。だが、それはそれでに落ちなかった。

 なぜなら、この秘密主義者の宮廷魔術師はめったに『闇』のことを口にしないからだ。

 うっかり漏らした?

 この万事につけて抜け目ない男が?

 カーライルがリヒルトをじっと見つめた。


「リヒルト」


「はい……?」


「ナスタシアさまより君の王家に対する忠義の厚さは伺っている。今は人手が足りなくてね……手伝って欲しいことがあるんだ」


 そして、こう続ける。


「だけどね、とても危険なことで――聞いてしまえば後には引けない話だ。今なら引き返せるが、どうするかね?」


「もちろん、聞かせてください!」


 リヒルトはためらいなくそう言った。


「王国の危機に関することなんですよね? 俺だって貴族の端くれです! なんだってやりますよ!」


 リヒルトの顔にも声にも揺るぎない決意があった。

 カーライルがうなずく。


「わかった――」


 カーライルはリヒルトに闇のことを語って聞かせた。

 すべてを聞き終わった後、リヒルトが目をむく。


「……そんな暗闘があったのですか……!」


 カーライルが驚くリヒルトに笑みを向ける。


「聞いてしまったこと、後悔しているかい?」


「いえ! そんな! むしろ聞かせてもらって嬉しいくらいです。命の限りお仕えいたします!」


「頼んだよ、リヒルト・シュトラム伯爵」


「はい! このリヒルト・シュトラムはくしゃ――え?」


 気合いの入っていたリヒルトの声がいきなり勢いを失った。

 伯爵?

 リヒルトは子爵だったはずだが?


「あの、カーライルさま、お恥ずかしい話なのですが、私の爵位は伯爵ではなく子爵で――」


「間違えてはいないよ」


 くすくすと笑いながらカーライルが続けた。


「よかったね、リヒルト。君は伯爵に昇爵だ」


「え? え?」


「嘘じゃないよ、王族の承認済みだ」


 それから、カーライルは隣の部屋に顔を向けて声を投げかけた。


「王太子、事務的な話は終わりました」


 王太子?

 さらに俺とリヒルトを混乱が襲う。王太子――次代の王。この宮廷魔術師は今その言葉を口にした?


 がちゃりとドアが開く。


 年の頃は四〇くらいの、背は高く筋肉質な男が入ってきた。

 あれが王太子ヴィクトル・ヴァレンティアヌ――

 俺も名前しか知らない雲の上の人物だ。


 ヴィクトルがにやりと笑って口を開く。


「ここからは私もまぜてもらおうか?」

【告知】マジックアロー2巻が【5月28日】に出ます。


4万3000字の大加筆&新エピソード追加で!


収録範囲は【4章】のリュミナス領の冒険――九頭龍を倒すところまでですね。


あそこって短いじゃないですか?


そんなわけで鬼ほど加筆しました。心理描写を足しました! とかそんなレベルは計算に入れていなくてですね、本当の本当に、書籍のほぼ半分が読んだことないエピソードで埋まっています。


Amazonのあらすじにも載せていますが、特に『ユニコーン絡みの新エピソード』はかなり面白いと思いますね。


知り合いに見せたら爆笑されて、編集さんに「2巻のウリは九頭龍ではなくユニコーンです」と言って見せたら「言うだけのことはありますね!」と褒めてもらいました。


書いた瞬間に面白いかどうかってわかるんですけど、これは自信があります。


こいつだけで2万6000字、なろうで言うところの9話ぶんくらいの分量になります。ウリと言っておきながら3000字で終わったりしないので安心して買って下さい!(笑)


あとですね、カラー口絵が素晴らしいです。まだラフでしか見ていないんですけど――


1枚目が『フルバーストの発動ショット』。アルベルトとエフェクトがですね、カッコよすぎなんですよ!


2枚目が『ユニコーンを呼ぶために水浴びしているローラ』です。肌色全開のショットですね。書いているとき、絶対にここはカラー落ちするな……と思っていたら、そうなりました。さすがラノベ(笑)


非常にうまく描かれていて、男性読者はもちろん、女性読者も「きれい!」と思える感じの美しい絵になっています。ラフを見た瞬間、加筆してよかった……と思いましたね。完成が楽しみです。


3枚目は『アルベルトと一緒に木立を歩くローラ』です。ローラの表情が素敵で尊死します。


そんな感じの超完全版! 加筆がかなりありますので、1巻の購入を見合わせた方もぜひ購入をお願いします! これで買ってもらえなかったら、もう作者としては打つ手がないので……。


よろしくお願いいたします!


【追伸】


【シュレ猫】のほうも【4月30日】に発刊します!


こっそり書影を画面下の評価欄のあたりに貼っていますので見てみてください。タイトルの文字デザイン含めて、最高に素敵な表紙だと思いますね。発刊にあわせて4月27日より更新を再開します。


こちらも購入をお願いします!


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コミック版マジックアロー、発売中です(2021/08)!
以下の画像をクリック->[立ち読み]で少し読めます。

shoei
― 新着の感想 ―
[良い点] メインキャラは無事だった。 [気になる点] 名前も顔もないモブは何人かいったかな……。 [一言] というか『世界滅亡級の危機を救った』よね主人公。 ゴーレムならディスペルで行けそう…
[良い点] 面白かったです。 成る程ね、重ミスリル、言われてみると、そうだよねー。って思った話でしたね。 重ミスリルの特性から、ゴーレムじゃなく、人形かー。 見えざる糸! そんなことが出来れば、巨大で…
[気になる点] 神官が使う回復「魔法」と言うのは魔術とどう違うのですか?後、回復「魔術」は存在しなかったりしますか? [一言] アルベルトは、マジックアローで回復魔法を再現しそうだ…
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