スプリット・マジックアロー
――兵たちを説得をする。
そう言ったナスタシアとともに俺たちは塔の上へと登っていく。
「ウィンド・カーテン!」
塔の屋上に到着するなり、ローラが風の幕を展開して万が一の射撃に備える。
……俺たちはともかく決して傷つけてはならない王族相手にそんなことをするとは思えないが。
「いきましょう、ナスタシアさま!」
リオとミオを左右に従えてナスタシアが塔の端へと歩み寄る。
塔の下は兵士たちでごった返していた。
「王女さまを返せー!」
「逆賊ども! 無事にすむと思うな!」
「エメギス騎士の力を見せてやる!」
騎士たちが声を張り上げて威嚇している。
そこへ――
「しずまりなさい!」
ナスタシアの一喝が響き渡った。
その声は俺の肌に圧となって伝わるほどだった。おそらくは俺以外の人間も同じだろう。
それが王族――生まれながらにして国の頂点に立つことを義務づけられ、教育されたものたちが発する気迫だ。
ただの一言で騎士たちは言葉を失った。
「あなた方の忠義、わたしを想う気持ちには感謝いたします。ですが、間違えてはなりません。わたしを陥れようとしたのは伯爵であり、この方たちはわたしを助けてくれたのです!」
え、と騎士たちが驚きの声を漏らす。
構わずナスタシアが続けた。
「エメギスの騎士よ! 王国への忠義を示すのならば、その刃を向けるべきはグラード・エメギス伯爵と知りなさい!」
その言葉はまるで雷鳴のように轟いた。
騎士たちが互いに声をかけあう。
「そ、そんな、エメギスさまが……?」
「ありえない……」
「いや、しかし、王女さまが言っているんだぞ?」
動揺が広がっている。
そこで騎士のひとりが声を張り上げた。
「ナスタシアさま! 我々は伯爵のしもべである前に王国の剣! あなたのために剣を捧げることを誓いたい!」
しかし、と騎士は続けた。
「しかし、エメギス伯爵が王女さまを陥れようとした話、いますぐに信じられるはずもありません! もし間違いであれば我々は伯爵さまから処罰を受ける可能性がある!」
「その心配には及びません」
騎士の言葉をナスタシアは一蹴する。
「間違いであれば、すべての責めを受けるのはわたしです。あなた方には何の非もないことをわたしが誓約いたしましょう」
あっさりとナスタシアは言い切った。
……相当の胆力の持ち主だな……。
その言葉は間違いなく騎士たちの迷いを断ち切った。今この瞬間、確かに騎士たちの心は一方へと傾いた。
「このナスタシア・バレンティアヌの名において宣言する! 正義は我らにあると! 正義はここにあると! 王族のために剣を捧げよ、エメギスの騎士よ! 今こそ忠誠を示すとき!」
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
ナスタシアの言葉に昂揚した騎士たちが剣を掲げて叫ぶ。
どうやら騎士たちの説得は成功に終わったようだ。
この数の騎士を無血で敵から味方に転換できたのはとても大きい。あとは伯爵とフォルスを追い詰めるだけだ。
俺たちが安堵の空気に包まれた直後――
「――ッ!?」
異変が起こった。
騎士たちの身体から鱗粉が立ち上った。その表情は狂気じみたものに変わっている。口からは怒号のような音を発していた。
……これは……。
思い出すまでもない。鉱山で見たラッフェンの様子とまったく同じだ。おそらくフォルスが何かを仕掛けたのだろう。
ひゅん!
いきなりクロスボウの矢が飛んできた。それはナスタシアを狙い撃ったものだが、ローラのウィンド・カーテンによって弾かれた。
ナスタシアが頭を抱えた。
「え、ええええええ!? 何これ!? わたしの神説得が台無しじゃない!?」
「姫さま、後ろへ!」
リオとミオに引っ張られてナスタシアが後ろへと下がる。
代わりに俺が前に出た。
塔の下には黒い鱗粉をまとった騎士たちが大挙している。塔の入り口を扇形に囲むように。
……なるほど、ある程度は固まってくれているのか。好都合だ。
背後からローラの声が聞こえた。
「アルベルトさん! どうしましょう!? この数だとアルベルトさんのマジックアローで浄化するには――」
……時間さえかけていいのなら個別にマジックアローしていく手もあるのだが。今回は悪手だろう。闇に侵された騎士に囲まれた状態で騎士ひとりが平常に戻っても危険なだけ。
騎士の犠牲は少なくしたい……。
戻すのなら一発で広範囲を対象にするしかない。
できるのか?
できる。
今の俺ならできる。
なぜなら、俺は新しいマジックアローの可能性を手に入れたから。
――じゃあ、今日の授業は新魔術スプリットバレットだ。
二学期の授業でフィルブスが教えてくれた新しい魔術。マジックアローしか使えない俺には意味のない授業だが――
俺はそれをマジックアローに転用できないか考えた。
そして、できてしまった。
スプリットバレットはひとつの弾を複数の小さい弾に分割する。
俺は俺のマジックアローを分割して放つことができるのだ。こういう広範囲を対象としたいときにはうってつけだろう。
俺は黒い鱗粉をまとう騎士たちに手を向けた。
「マジックアロー」




