真相(下)
エメギス伯爵の執務室。
エメギスはイスに座ってじっと虚空を眺めていた。そこに浮かぶ映像を。
重ミスリル鉱山の光景――フォルスが操っているラッフェンの視界を転写したものだ。
リヒルトやリオたちが剣を振るい巨大ムカデたちと戦っていた。
「……さっさと押し潰されるがいい」
くっくっくっくと笑いながらエメギスがつぶやくが、リヒルトたちは存外に健闘している。
「やるではないか。仕方がない――出せ」
「承知いたしました」
うなずいたのは伯爵のかたわらに立つ枯れ木のような男、フォルスだ。その右手には水晶球が握られていた。
水晶球には鉱山の奥に眠る重ミスリル製のゴーレムが映っていた。
昔、この鉱山が現役だった頃に資材を横流しして造ったプロトタイプ。ずっと放置したままだったが、おかげで役に立つ日が来た。
ゴーレムが起動する。
「……斬撃も魔力もきかないゴーレム相手にどう立ち回るか見せてもらおうか?」
あっという間の蹂躙劇だろう、そう思ったが――
そうはならなかった。
リヒルトについてきた侯爵家の魔術師――アルベルトが白い矢を連続して放ち続けてゴーレムを足止めしている。
音が聞こえないのでなんの魔術を使っているかはわからない。
(……白い矢……? マジックアロー?)
伯爵にはぴんとこなかった。
初級魔術のマジックアローごときで重ミスリルのゴーレムが止まるとは思えなかった。現に白髪の女が放ったマジックアローらしきものはあっさり弾かれていた。
「フォルス、どうにかならないのか?」
「……しばしお待ちを」
だが、それよりも早く状況が動いた。
映像が急に揺れる。
まるでラッフェンが転んだように。いや、転んだのだ。ラッフェンの視界には彼の身体を縛るキャプチャネットの光輪が見えた。
伯爵はうんざりとした口調で言う。
「……バレたか」
「切れ者がいるようですな。では特攻させましょう」
ぱちん、とフォルスが指を鳴らす。
ラッフェンがキャプチャネットの光を引きちぎって立ち上がる。
闇の力に目覚めたラッフェンが暴れればリヒルトたちも動揺するだろう。もともとラッフェンは使い捨てる予定だった。問題はない。
フォルスの口元に笑みが浮かぶが――
その表情はすぐ驚愕に歪んだ。
「な、なんだと……!?」
同時、中空に浮かんでいた映像がかき消えてしまった。
伯爵が口を開く。
「何が起こったのだ、フォルス?」
「……殺されたのでしょうな……」
まさか闇の力を解除されたとは思わないフォルスは順当な予想を口にする。
「まあ、そうなるとは思っていましたが、決断の早さが意外でした。なかなかリヒルト子爵も残酷なようで」
「ふん」
伯爵は鼻で笑った。
「来るかな、シュトラム子爵どもは」
細かい状況はわかっていないだろうが――
ラッフェンがこちらの手先だったことくらいは当たりをつけてくるだろう。あの熱血漢なら火の玉になって舞い戻ってくるはずだ。
そんな予測が頭についても伯爵は焦らない。
なぜなら勝利はすでに確定しているからだ。
「フォルス、終わっているのだよな?」
「はい、昨晩で。連れてきております」
フォルスは隣室に向けて声を上げた。
「入るがいい」
声の直後、ドアが開いて美しい女性が入ってきた。
美しい女性。
その言葉では足りないほどの美貌の持ち主。
――まるで神が造った人形が歩いているようだ。
ナスタシア・バレンティアヌ第三王女その人だ。
だが、いつもとはまったく様相が違った。
人のいる前では常に浮かべている優美な笑みも、気心の知れた相手にしか見せない勝ち気な笑みも、その白磁の顔には浮かんでいない。
まったくの無。
茫洋とした無表情がそこにあった。
口も引き結び、無言で伯爵の執務机の横に立っている。
「このような趣向はどうですかな?」
指をぱちんとフォルスが鳴らす。
すると、ナスタシアがこう言った。
「心から愛しております、伯爵さま」
「……ふん、くだらぬ」
伯爵は斬り捨てた。感情のない人形に言われたところで何の喜びもない。
(……神の造りし人形と讃えられた第三王女も、本当に人形になってしまったか)
むしろ、その皮肉のほうが伯爵の心を愉しませる。
「完全にお前の操り人形になったのか?」
「はい。時間をかけましたからな。もうすべては私の思うがまま」
「だが、その仏頂面ではすぐ異変に気づかれるのでは?」
「問題ありません」
フォルスがそう応じた後、いきなりナスタシアの顔にいつもの笑みが浮かんだ。
「いかようにもできますので」
「素晴らしい」
第三王女という大義名分はすでに伯爵の手中にある。
王族という最強の駒がある限り、伯爵に敗北はない。
おまけに城内の兵士もすでにフォルスの糸によって洗脳ずみ。リヒルトが何を言ったところで聞く耳を持たないだろう。
さらに――
この城の地下にある秘密の精錬場。そこで造り上げた『重ミスリル製の超巨大ゴーレム』という切り札もある。
破壊神の権化と呼ぶのがふさわしいアレを止める手段などありはしない。ただひねり潰されるだけだ。
伯爵の口元が愉悦で歪む。
「くっくっく……シュトラム子爵よ、どうあがいてくれるかな?」




