重ミスリルの鎧武者
俺たちが巨大ムカデたちと戦っていると――
いきなり鉱山の奥から漆黒の鎧武者が姿を現した。
「……え、あれって重ミスリルじゃないのか?」
姿を見た瞬間にリヒルトがそんなことを言う。
それは俺に小さな違和感を覚えさせた。
――そうなんですよ、そいつ半端なく重いんです。鍛えている俺でも、ちょっと動かすのが精一杯なくらいです!
確か重ミスリルについてリヒルトはそんなことを言っていた。
とても鎧にして人間が着込めるものとは思えないのだが。
というか――
こんな巨大ムカデがうじゃうじゃいるところに人間がいて大丈夫なのだろうか。
いや、それよりももっと不思議なことがある。
なぜ巨大ムカデは鎧武者には襲いかからず俺たちばかり狙ってくるのだろうか……。
思案している暇はなかった。
鎧武者がいきなり走り出して俺たちに向かってきたからだ。
「むっ!」
その動きに気づいたリオが鎧武者の前に立ちはだかる。
リオの剣技が鎧の継ぎ目へと銀閃を叩き込んだ。
ぎん!
だが、鈍い音ともに弾かれたのはリオの剣。
「なに!?」
まるでダメージなどなかったかのように鎧武者が手に持っていた剣を振るう。
一撃目をリオはかわし、二撃目を剣で切り払う。
「くっ――重い!」
その声には焦りがあった。
リオが距離をとった瞬間を見計らって俺は右手を差し向ける。
「マジックアロー」
ごん!
鎧武者に白い矢が炸裂した。
勢いに押されて鎧武者が少し後ろによろけた――だけだった。
「アルベルトさんのマジックアローでも倒れないなんて!?」
ローラが驚きの声を上げる。
鎧武者は何事もなく剣を構えるとリオに首を向ける。
だが――
「マジックアロー」
「マジックアロー」
「マジックアロー」
俺は構わずにマジックアローを連射した。
俺の連打を受けて鎧武者が動けなくなる。足止めができるだけでも充分だろう。
マジックアローの合間を縫って俺はリオに短く指示する。
「リオ、巨大ムカデを。こいつは俺が相手する」
「……わかりました!」
リオは巨大ムカデのほうへと戻っていった。
それに――
あれが重ミスリルというのならば。
決して俺に砕けないものではない。
――さっすが、アルベルトさんですよ! うちでも最高品質の重ミスリルを割ってしまうなんて!
リヒルトが言っていたではないか。
ならばきっと、いずれは打ち砕けるのだろう。
「ムカデやら鎧武者やら! ひいいいいいいい!」
叫び声を上げながら、俺の回りをラッフェンがうろうろと走り回っている。
……少し静かにして欲しいのが本音だが、こんな修羅場では非戦闘員が慌てるのも仕方がないか……。
押し寄せる巨大ムカデの数は衰えを知らない。
体積が大きいので倒した後に死体を押しのけて出ていくも大変だ。
マジックアローで吹っ飛ばしてしまえばいいか……。
なんてことを考えていると――
「アルベルトさん、後ろ! 逃げて!」
リヒルトの声が飛ぶ。
はっとなって視線を後ろに送ると巨大ムカデが俺のほうに突っ込んできていた。
「マジックアロー!」
ローラのマジックアローが巨大ムカデの顔面に命中、その巨体がひるむ。
「はあっ!」
そこへ斬り込んだリオが一瞬でムカデを輪切りにした。
「ありがとう」
俺は短く言うと、マジックアローの連射へと戻った。効いているのかいないのか鎧武者はいまだに立ち尽くしている。
……なかなか硬いな……。
そのとき、ローラとリオの声が耳に入ってきた。
「あの、リオさん。ムカデの動きなんですけど――」
「ええ、わたしも感じています。明らかにアルベルトさんを狙っていますね」
……そうなのか……。
確かにムカデの顔がこちらを向いているように見える。
俺は鎧武者への射撃を止めると、俺を狙おうとしている巨大ムカデたちをマジックアローで撃破していく。
とりあえずの安心は確保できたか。
「ふぅ……」
再び鎧武者を撃ち始める。
だが、なぜだろう。
なぜムカデが俺を狙う? 確かにあの鎧武者を押さえているのは俺なのだが、なぜムカデにそれがわかるのだろう?
「アルベルトさんを守るんだ!」
リヒルトが叫ぶ。
しかし、まるでムカデたちはその動きを読んでいるかのように、ふらふらっとリヒルト、リオ、ローラの防衛網を避けて俺のほうに攻めてこようとする。
……これは――
「ひ、ひいいいいいい! どどど、どうすれば……!」
逃げ回るラッフェン。
そのとき。
「ごめんなさい!」
いきなりの謝罪の言葉、そして、
「キャプチャネット!」
魔術が発動された。
魔力によって産み出された輪がとらえたのは――
「へぶっ!?」
バランスを崩して倒れたのはラッフェンだった。
驚いたリヒルトが口を開く。
「な、何をしているんですか、ローラさん!? いくらラッフェンがうるさいからって――」
「違います!」
その言葉を遮ってローラが続ける。
「ムカデはアルベルトさんを狙っているんじゃないんです! ラッフェンさんを狙っています!」
え、と俺たちの口から言葉が漏れた。
「ラッフェンさん、あなたはリヒルトさんたちの守りきれない部分へと移動しながらムカデを誘導していますね? どうしてですか!?」
ラッフェンは首を振った。
「そ、そんなことを言われても――私には身に覚えが……!」
それに対し、リオが鋭い言葉をぶつける。
「その言葉を信じるわけにはいきません! そもそもムカデがこんなにわたしたちばかり狙うのは異常です! あなたは怪しい!」
そう言うとリオは目の前のムカデを斬り倒すと、ラッフェンに近付いていった。
「まず気絶してもらいましょう! 持ち物を調べれば何かがわかるかもしれません!」
だが、その瞬間――
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
いきなりラッフェンが叫んだ。今までの様子からは想像もできない野蛮な声で。
そして、キャプチャネットを引き裂いて立ち上がる。
「――!」
「ダークウィンドッ!」
ラッフェンの手がぶんと横に振り抜かれた。直後、発生した突風がリオの足を遅くする。
「くおっ!?」
ラッフェンの表情は完全に正気ではなかった。その目は血走り、口元には狂気じみた笑みが浮かんでいる。
いや、それ以上の異変がある。
その身体から闇の鱗粉のようなものが吹き上がっている。
あれは――
俺は思い出した。闇の印を巡る戦いでローラの友達だったリズが同じような状態になっていたのを。
それはローラも同じだった。
「アルベルトさん!」
鋭い声。
その言葉に含む意味を俺は正確に理解できた。
あれがリズと同じ状況であるのなら――
俺のマジックアローはそれを解決することができる。
俺はラッフェンに右手を向けて言葉を発した。
「マジックアロー」
更新は【土曜日の週1更新】となります。次は01/30ですね。いろいろと多忙でして……。
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