鉱山の奥へ!
俺たち五人は重ミスリル鉱山へと入っていった。
きっと昔は不夜城のごとくランプや松明が坑道を照らしていたのだろうが、廃坑になった今はただ闇のわだかまりしかない。
俺たちはローラが灯した魔力の明かりを頼りに奥へと進む。
リヒルトは案内役のラッフェンを横に従えて先頭を歩いていた。鋼鉄の鎧を身にまとって腰に剣を差している。半年ぶりに見るリヒルトの武装した姿だ。
その後ろに俺とローラが並び、最後方をリオ――ナスタシアのメイドが歩いていた。
歩く――と言うより、鋭い目で周囲を警戒している。
リオはナスタシアに召し抱えられる前は王国でも名うての騎士だったらしいが、なるほど、確かにそのたたずまいには凜としたものがあって経歴に偽りはないようだ。
リオが同行することになった経緯は――
「ナスタシアさまにはご内密に願います」
そうラッフェンが言ったからだ。
ラッフェンの言葉は俺たちを困らせた。
なぜなら、俺たちはラッフェンの言葉には従うが、彼を信じ切ってはいない。
ナスタシアに告げることで保険をかけたかったのだ。
とまどう俺たちにラッフェンがこう続ける。
「ナスタシアさまはフォルスの診察を受けております。何か知っていれば気取られる可能性がありますので」
それは確かにその通りだ。
だが、ラッフェンも俺たちの状況は理解していた。
「それではこれでどうでしょう――」
そこで提案されたのが、ナスタシアの双子メイドの片割れを連れていくことだった。
ナスタシアには説明しない。
ただし、ナスタシアのメイドには告げて一緒に来てもらう。
王女と一緒にいない以上フォルスにバレることはない。王女のメイドなので害すればナスタシアが勘づくだろう。一定の保険になる。
……おまけに、ナスタシアのメイドは戦力として優秀だ。
問題はなさそうだったのでリオに話をしにいったところ――
「いいでしょう。わたしが同行いたします!」
快諾してくれた。
リオがいなくなったら問題はないのか? と思ったが、
「伯爵側の人間と接する機会はないので大丈夫かと。必要であれば双子のミオに応対させます」
……完璧ななりすましだ。
俺たちは五人で坑道の奥へと進んでいく。
リオが口を開いた。
「……ところで、魔獣が出ると言っていたが――具体的にはどんな魔獣が出るのだ?」
「ああ、ムカデですよ。全長三メートルはある巨大ムカデがぞろぞろと巣を作っているそうです」
「ム――ムカデ!?」
リオが素っ頓狂な声を上げる。
その声には心なしかおびえの色が混じっていた。
「……大丈夫ですか、リオさん?」
振り向いて尋ねるローラにリオが冴えない表情で応じる。
「あまり得意ではないですね……。都会育ちなので、虫の類いには免疫がありませんが――いや、何とかしましょう! 騎士だから!」
ぐっと手を握ってリオが気合いを入れていた。
俺はローラに話しかける。
「ローラは虫の類いは大丈夫なのか?」
「はい。問題ありませんよ? 田舎育ちですから」
にっこりとほほ笑んでローラが応じる。
「普通に素手で捕まえたりしますよ?」
……意外と生活力があるようだ……。
そんな会話をしているときだった。
少し広い空間に出たとき、前方からカサカサという嫌な音が聞こえてきた。
ローラが明かりの魔術を前方へと投げ込むと――
「うっ!」
あまりのグロテスクさにリオがうめき声を上げる。
明かりの向こう側から、ラッフェンが言っていた大型のムカデがそのままカサカサとこちらに向かってくる。
「俺が行きますよ!」
リヒルトは剣を引き抜くなり、巨大ムカデへと襲いかかる。
巨大ムカデは――
あまり強くないようだった。
ムカデはムカデだからか。大きいが、逆に言えば攻撃できる範囲が広い。巨大な牙の生えたあご――しっぽの一振り――危険な部位はあるが、そこだけに意識を向けていればいい。
リヒルトが優勢に進めていると、
「わたしも戦います!」
そう言ってリオが前に出る。
剣を引き抜いた瞬間、まるで一陣の疾風のようにリオが駆けた。巨大ムカデに接触したと思った瞬間、無数の斬撃が閃き、あっという間にムカデを派手に切り裂く。
どうやら致命傷だったらしく、身体を震わせたムカデはどうっと体液をまき散らして倒れた。
……さすがは腕の立つ騎士だ。
リヒルトも別に弱くはないのだが、剣筋も身のこなしも明らかに格が違う。
リオがはっとなった。
「すいません! リヒルト子爵! 獲物を横取りして!」
「いやいや、いいからいいから。リオが出てきてくれて助かったよ。これからも俺のことは気にしないで活躍してくれ」
「……寛大なお言葉! 感謝いたします!」
そのときだった。
カサ。
天井から嫌な音がした。ローラが明かりを投げかけると、そこには天井に張り付いた巨大ムカデが。
俺は右手を差し向けた。
「マジックアロー」
ほとばしった光の矢が巨大ムカデの頭を直撃する。ぐらりと力を失った巨体がどうっと地面に落下した。
「おお!」
リオが目を見張る。
「巨大ムカデをわずか一撃で仕留めるとは! なかなかの魔術師とお見受けします!」
「そうだよ、この人はすごいんだよ!」
「はい! アルベルトさんはすごいんです!」
すかさずリヒルトとローラが相づちを打った。
……そう褒められると照れてしまうな……。
それから俺たちはムカデを蹴散らしながら進んでいった。
今度はとても大きな空間に出る。
おそらくは複数の採掘場へと向かうための分岐点なのだろう。放射状に道が外へと伸びている。
「湧き水はもうすぐそこです」
そう言ってラッフェンが前へ前へと歩いていく。俺たち一行が広間の中央にたどり着いたときだった。
ぞろりと。
「――!?」
道という道から巨大ムカデが這い出してきた。
這い出してきた、というよりも――
押し出されてきた。
ムカデというムカデが次々と俺たち目がけて押し寄せてくる。
「な、ななななな! ムカデの大群!? ていうか、なんで俺たちを狙ってくるの!?」
リヒルトが剣を引き抜く。逆の手で震えているラッフェンの腕をつかんでまくし立てた。
「ここ以外に道はないのか!?」
「あ、ありません!」
ラッフェンは真っ青になりながら首を振った。
「こ、ここを抜けた先にしか湧き水にはいけません!」
「くそっ!」
リヒルトは剣を構えた。
「やりますよ! 強行突破で!」
俺たちは剣を振るい、魔術を発動する。
近付いてくる巨大ムカデを次々と倒していくが、倒しても倒しても終わりが見えない。倒れた死体を踏み越えてすぐに次のムカデが押し寄せてくる。
「ひいいいい! お、恐ろしい!」
何もできないラッフェンはふらふらと動き回りながら、俺たちの回りをつかず離れず逃げている。
リヒルトが悲鳴を上げた。
「らちがあかない!」
そうやって場が過熱している状況で――
がしゃん、がしゃん、がしゃん。
ムカデたちの足音とは違う――明らかに質量のある音が聞こえた。
暗がりから現れたのは漆黒の鎧武者だった。
フルフェイスの兜をすっぽりとかぶり、首の下から足のつま先まで金属の鎧で覆われている。
そのすべてが闇を濃縮したかのように黒い。
「マジックアロー!」
気づいたローラが小杖を向けて白い矢を放った。
飛んでいった白い矢は――
しかし、まるで火花のようにぱっと鎧の表面で弾ける。
……ローラのマジックアローがきかない?
そのとき、ふと俺の脳裏にとある映像が浮かび上がった。
――マジックアロー!
リヒルト邸で重ミスリルの板にローラがマジックアローを撃った光景だ。
ローラの放ったマジックアローは確か同じように消えた。
まさか――
戦っているリヒルトが鎧武者に視線をやって信じられないような声でこう言った。
「……え、あれって重ミスリルじゃないのか?」
書籍版『マジックアロー』が発売されております。
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【タイトル】初級魔術マジックアローを極限まで鍛えたら
【レーベル】双葉社さま/モンスター文庫
【収録部分】1話~『続・父と子(下)』まで
かわいいローラの表紙と、真っ赤な背表紙が目印です。
よろしくお願いいたします!




