なぜ伯爵は第三王女の所在を隠していたか?
――アレンジアが化けて出てきた!?
……どうして弟の名前が……?
まったく予想もしていなかった言葉に俺はどう反応していいかわからなかった。
俺が困惑しているとリヒルトが助け船を出してくれた。
「ナスタシアさま、この人はアルベルトさん! アレンジアさまのお兄さんですよ!」
俺はナスタシアに挨拶する。
「ご挨拶がおくれました。私はリュミナス侯爵家の嫡男アルベルトと申します」
「ああ……お兄さんなのね……確かに、顔は似ているけど別人ね」
そう言ってナスタシアが頭を下げた。
「ごめんなさい、変なことを口走って」
「問題ありません」
「……ん、嫡男……? あれ、アレンジアが跡継ぎだったような……? アレンジアは亡くなったけど、お兄さんが嫡男になった……? ん?」
ナスタシアが眉をひそめる。
……その辺は複雑な家庭の事情があるのだが。この場で説明するようなことでもない気が……。
俺が黙っていると、ナスタシアが自分の額に手を当てた。
「ダメね……悪い癖。ついつい詮索してしまう。事情があることくらいわかるのにね……忘れて、アルベルト・リュミナス」
「はい」
俺はうなずいた。ナスタシアはリヒルトへと目を向ける。
「それで……子爵。あなたはなぜここに?」
伯爵に怪しいところがあるので調査したい。伯爵は非協力的なので王族であるナスタシアから圧力をかけてもらいたい。
それを頼むために来たのだが、リヒルトは別の言葉を返した。
「ナスタシアさまの体調が悪いと聞きましてね、こっそりお見舞いに来たんですよ」
……どうやらリヒルトは方針を変えたらしい。体調が悪いナスタシアを巻き込むのはよくないと考えたのだろう。
ここに来た意味がなくなってしまうが――
性格のいいリヒルトらしい判断だ。
「お気遣いに感謝するわ、子爵」
ナスタシアはくすりと笑う。その後、うっ! と鋭い声を漏らして頭を押さえた。
「ナスタシアさま!」
控えていたリオが慌てて近付く。ナスタシアがさっと手を振った。
「……大丈夫。ちょっと疲れただけだから……」
そういうわけでナスタシアとの面会は終わってしまった。
もう夜だ。伯爵の城に戻ろうにも暗くて飛行はできない。俺たちは空いている部屋に泊めさせてもらい、翌朝になってから城に戻ることにした。
朝の日差しがさす塔の頂上に俺たちはやってくる。来たときと同じ要領でマジックアローで戻るのだ。
右手を伸ばそうとした俺にリヒルトが声を掛ける。
「アルベルトさん、ナスタシアさまに助力を頼めなかったから無駄足だと思っていたりします?」
「……振り出しに戻ったとは思っているな」
「そうでもないですよ!」
リヒルトが大声で笑う。
「少なくともナスタシアさまが外出していて不在だと伯爵が言った件は追求できますからね!」
「……確かにそうだな」
いくらあのエメギス伯爵でも「第三王女? さあ、知らないな」などとごまかせないだろう。
「あの嘘つき伯爵め! 吠え面かかせてやりますよ!」
リヒルトが手のひらに己のこぶしを音高く叩きつける。
「急いで帰りましょう! アルベルトさん!」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「城の西の塔にナスタシアさまがいる? 確かにその通りだが――それが?」
エメギス伯爵は余裕の笑みを浮かべたまま首を傾げて見せた。
戻ってくるなり、リヒルトは止めに入る兵士を無視してすごい勢いで伯爵の執務室へと向かっていった。
ノックもせずに入るとエメギス伯爵にナスタシアの件をすべてぶちまけた。
さすがに少しくらいは焦るかな――と思っていたら、帰ってきた言葉がさっきのそれだ。
まさかのダメージゼロ。
リヒルトは口をぱくぱくさせていた。しかし――やおら意識を取り戻して、
「いやいやいや! 当たり前みたいに言ってますけど! あなた昨日までナスタシアさまは城にいないと言い張っていましたよね!?」
と叫ぶ。しかし、伯爵は相変わらずのノーダメージで、
「言っていたが、それが?」
と受け流す。
まるでリヒルトをからかっているかのような口調だ。
「いやいやいやいやいやいや!」
我慢の限界をとうに超えたリヒルトはバンバン! と激しく執務机を叩いた。
「矛盾してるでしょ! 開き直るのもいい加減にしてください!」
「矛盾などしていない」
さらりと伯爵が言う。
「子爵よ。ナスタシアさまは王族だ」
「……そうですけど?」
「王族が病気で伏せっておられる――そんな情報を口外できるはずがなかろう」
「うぐっ!」
「私としてはナスタシアさまに静養していただきつつ、それを表に出さないよう配慮する必要があった。ナスタシアさまが不在だと告げたのはそれが理由だ」
「ぐ、ぐぬぬぬぬ……!」
リヒルトに反論の余地はない。伯爵の言い分は完璧に筋が通っていた。
そんなリヒルトを伯爵が皮肉げに見つめる。
「……その配慮も無駄になってしまったがな。どこかの馬鹿者がナスタシアさまの静養を邪魔したのだから。子爵よ、お前には王国の礎――貴族たる覚悟がたりないのでは?」
「く、く、く、く、く、く……」
言葉に詰まるリヒルト。
代わりに俺が口を開く。
「……それで、ナスタシアさまの様態は?」
「過労だよ」
「……ただの過労には思えないが?」
ナスタシアは言っていた。もうずっと休んでいると。過労ならば回復しているはずなのにと。
伯爵が肩を揺すった。
「やれやれ、信頼がないものだ。……なら、診ている医者に聞いてみればどうだ?」
「医者?」
「ちょうど用があってな、隣の部屋で控えている。フォルス! 入ってこい!」
伯爵が声を掛けると、隣の部屋から二人の男が入ってきた。
前に立っているのは茶色いローブに身を包んだ、枯れ木を思わせる老いた男だった。スキンヘッドで顔の肉付きも顔色も悪い。
後ろには三〇半ばくらいの、メガネをかけたマジメな様子の男がついて歩いている。
枯れ木のような男――フォルスが伯爵に礼をした。
「お呼びですかな、伯爵」
「こちらの方々が第三王女の様態を詳しく聞きたいらしい。専門家のお前から説明してやってくれ」
「わかりました」
それからフォルスは三〇分かけて「ナスタシアはただの過労である」というのを様々なフレーズで伝えてきた。
俺やリヒルトが質問を投げかけても二、三の回答を差し挟んだ後には「過労である」の地点に戻っている。
まるで会話の迷路をさまよっているような気分だった。
「ご理解いただけましたかな?」
フォルスがにこやかに言う。
……俺もリヒルトも専門家ではないので話をしていても決め手に欠けるのは事実だ。
結局、俺たちは何も得るものがないまま部屋へと引き返した。
「――そんな感じの一日だったよ」
「大変でしたねえ、アルベルトさん……」
俺の説明を聞いたローラが眉根を寄せる。しかし、彼女は声を明るくしてこう続けてくれた。
「ですけど、一歩は一歩だと思うんです!」
「……そうかな?」
「だって、今までナスタシアさまは『いらっしゃらなかった』わけですけど、これからは『いらっしゃる』わけですよね? 状況は変わっていますから! きっと少し変わりますよ!」
「ああ、なるほど」
そういう考え方もあるのか。
徒労感ばかりの俺だったが、ローラの前向きな言葉は俺の心を少しばかり軽くしてくれた。
「そうなるといいね」
「なります!」
にこにことローラがそう応じてくれた。
昼になるとリヒルトが部屋にやって来て俺たちとともに昼食に出かけた。
俺たちが席に座り、さてこれからの作戦会議をしようかと思っていた矢先――
「あ、あの!」
緊張気味の声が聞こえた。
視線を向けると見覚えのある男が立っていた。……確かフォルスとかいう男の後ろに控えていたマジメそうなメガネの男だ。
彼は俺たちにこう言った。
「エメギス伯爵とフォルスは嘘をついております! 第三王女さまをお助けしたいので力を貸していただけないでしょうか!?」
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おうち時間が増えるこの頃、読み直しのお供にいかがでしょうか?
【タイトル】初級魔術マジックアローを極限まで鍛えたら
【レーベル】双葉社さま/モンスター文庫
【収録部分】1話~『続・父と子(下)』まで
かわいいローラの表紙と、真っ赤な背表紙が目印です!
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