城の西側へ――!
具体的な方法はこうだ。
俺とリヒルトはマジックアロー飛行で伯爵の城から街を囲む壁まで飛ぶ。そこから折り返して城の西側にある塔へと飛ぶ。
わざわざ折り返すのはマジックアロー飛行は小回りがきかないからだ。近距離を無理やり移動するよりはステップを挟んだほうが確実に移動できる。
「問題は西にいる兵士にどう対処するかだな……」
忍び込めたとしても見つかってしまってはどうしようもない。
そんな俺のつぶやきにローラが反応する。
「絶対とは言えませんけど――大丈夫かもしれませんよ?」
「どうして?」
「巡回の兵たちがわたしたちを監視しているとしたら、西側に兵を置く必要がありませんからね」
確かにその通りだ。
それにあれだけの兵士を展開しているのだ。数の上でも西に回す余裕はないだろう。
水際で防ぐ作戦ならば――
水際を突破すれば俺たちに勝機はあるのかもしれない。
リヒルトが口を開いた。
「まあまあ! 行ってみましょうよ、アルベルトさん! 見つかったら俺が謝りますから! 適当に歩いていたら迷い込んでしまった、って言いますから!」
「適当にって、お前……」
「大丈夫ですって! 俺の謝罪力を甘く見ないでください!」
謝罪力。
すごい言葉が出てきた。
「伯爵にね、文句は言わせませんよ。さんざんのらりくらりとふざけた対応されましたから! むしろ俺は言ってやりたいんですよ、思いっきり適当なことを伯爵にね!」
なんだか趣旨が変わってきている気もしたが、リヒルトの怒りが深いことは伝わった。
……まあ、ここで退くわけにもいかない。
あの怪しげな伯爵が嘘をついて第三王女を隠しているのだ。王族の危機である可能性もある。王国の貴族として見過ごすわけにはいかない。
「ローラ」
「はい!」
「俺たちは西の塔に行ってくる。ひとりで留守番だけど気をつけて」
「大丈夫です! アルベルトさんたちこそ頑張ってください!」
自分の両手をぎゅっと握りしめてローラがそう言ってくれた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
その日の夕方、俺とリヒルトは城の高層にあるバルコニーにやってきた。
まずここから街を取り囲む壁へと飛ぶ。
城に侵入するために少し暗い時間を選んだ。だが、完全に暗くなると空は飛べなくなる。あまり時間はない。
「行くぞ、リヒルト」
「はい、俺はどうしたらいいんです?」
「俺に抱きつけ」
「え?」
リヒルトは目をぱちくりとさせ、もう一度言った。
「……え?」
「俺に抱きつくんだ」
「え?」
リヒルトが目をぱちぱちとさせて俺を見ている。
……何をそんなに戸惑っているんだ……?
「俺が魔術で空を飛ぶ。一緒に飛ぶためには俺に抱きつかないとダメなんだ」
「……い、いや……まあ、その理屈はわかるんですけど……」
リヒルトは顔を引きつらせている。
「何かこう――他の手はありませんかね?」
「ない」
俺は空を見上げた。
刻一刻と空が暗くなっていく。こんなところで時間を無駄にしている暇はないのだが……。
「時間がない。気が乗らないなら今日はやめておくか?」
「……ああああああ! もう!」
リヒルトはやけっぱちになったような叫び声をあげた。
「どうせ明日も抱きつくしかないんですよね!? だったら今日抱きついても一緒ですよね!?」
「そうなるな」
それがこの国を救う唯一の方法なのだ。
「だったらやってやりますよ! 男リヒルトの覚悟ですよ!」
……そんなに気張るほどのものなのか?
リヒルトは俺の腹に手を回して身体をくっつけた。
「こ、これでいいですか、アルベルトさん!」
「少し腰が引けているな。もう少し腕を締めて密着したほうがいい。ゆるいと落ちるぞ」
「くうううううう! 的確に抉ってきますね!」
そう叫ぶとリヒルトが腕を締めてぴたりと密着した。
……何をそんなに気にしているのだろう?
少し気になったが、ゆっくりしている時間はない。俺は右手を前に向けて引き金となる言葉を口にした。
「マジックアロー」
あっという間に俺たちは街を囲む壁にたどり着いた。
今度はここから折り返して城――その西側に建っている塔の屋上へと飛ぶ。
「マジックアロー」
薄暗がりの空を突っ切り、俺とリヒルトは狙いどおり塔の屋上に到着した。
「離れていいぞ、リヒルト」
「ふー……なかなかすごいですね……気乗りしなかったですけど、意外と楽しかったですよ」
俺から離れながらリヒルトがそんなことを言った。
「さすがはアルベルトさん! あの紋章師を倒しただけありますね。空を飛ぶフライトの魔術まで使えるなんて!」
……フライト?
「マジックアローだが?」
「あっはっはっはっは! アルベルトさん、俺が魔術の素人だからってからかうのはよくない! マジックアローは攻撃魔術! 空を飛べるはずがないですよ!」
「マジックアローだが?」
「はいはい、意外と冗談が好きなんですね、アルベルトさん!」
「マジックアローだが?」
「もうわかりましたって! それがアルベルトさんの鉄板ネタなんですね!」
俺の言葉はあっさりと聞き流されてしまった。
……マジックアローなんだが……。
なぜか信じてもらえなかったようだ。
夜が深くなるまで俺たちは屋上で時間を潰し、とっぷりと街が夜に沈んでから階下へと降りていく。
塔の内部は夜に沈んでいた。込められた魔力によって自動で明かりがつくランプがところどころに設置されているので歩くぶんには困らないが。
どこにも人の気配がなかった。ローラの予想どおり東側にはあれだけいた兵士はどこにもいない。
「……アルベルトさん、俺、ちょっと暗い感情に支配されてますよ」
「なんだそれ?」
「やぁぁっと俺をコケにし続けた伯爵の裏をかけましたからね! ざまぁみろ! って感じですよ!」
「それはよかったな」
「ここを突破口にして伯爵を詰めまくってやりますよ、くふふふ!」
……まあ、リヒルトが怒るのも無理はないか……。伯爵はリヒルトをまともに相手していなかったからな……。
「西の塔まで来たが、ここからどうするんだ?」
兵士の監視はないようだが、誰もいないわけではないだろう。ドアを順に開けて中をのぞき続けるのはさすがにリスクが高い。
「……まあ、何も考えずに勢いだけで来ましたからね……」
考えてなかったのか……。
「だけど、第三王女さまのお付きの人たちがここにいるとしたら、部屋で話をしていると思うんですよ。部屋の外から聞き耳を立てて、それっぽかったら入ってみるとか?」
「なるほど」
悪くない考えだと思った。
「……それで、第三王女のお付きの顔を覚えているのか?」
「あ」
今、あ、って言ったぞ。
「だだだだ大丈夫ですよ! 全員は覚えてないんですけど! お付きのメイドさんは双子なんで覚えていますから!」
「双子のメイド?」
「はい。二人とも本当にそっくりなんですよ。もともと王国の騎士なんで王女さまの護衛も兼ねています」
「へえ」
「まあ、なんとかなりますよ、たぶん!」
今、たぶん、って言ったぞ。
……まあ、リヒルトが覚えていなくても、向こうは貴族であるリヒルトを覚えているだろう。
塔の中をこそこそと歩きながら、リヒルトがドアに聞き耳を立てていく。
そんなことをしばらく続けていると――
リヒルトが目で何かを訴えながらドアを指で指し示す。
「何か会話が聞こえます」
小さい声でぼそぼそとリヒルトが言った。
そのまま真剣な顔で聞き耳を立てている。
「んー……ちょっと聞き取りづらい……だけど、それっぽい会話をしているような――」
そうか。
……問題はここで部屋に入っていくかどうかだな……。うっかり間違えましただと取り返しがつかない。
リヒルトも悩んでいるようだった。
だが――
悩む必要はなかった。
いきなりドアがものすごい勢いで開いたのだ。
「ぶへえ!?」
ドアの一撃を食らったリヒルトが派手に吹っ飛び、通路の壁に背中をぶつけて座り込む。
ドアから誰かが出てきた。
きん、と音がして銀閃が走る。何者かが引き抜いた剣を動けないリヒルトの眉間に突きつけた。
「貴様、何者だ! ドアの前でこそこそと! バレていないと思ったか!」
落雷のような鋭い声が響く。
現れたのはメガネをかけた女だった。メイド服を着て右手に剣を持っている。
……剣を持ったメイド?
ついさっき、そんな話を聞いたような……?
「ん?」
メイド女が眉をひそめる。その目はリヒルトをじっと見ていた。
「……リヒルト子爵? なぜここに?」
「あはははは……覚えていてくれたんだ、嬉しいね」
じっとメイドの顔を見て、リヒルトはこう続けた。
「お久しぶり、ミオ」
ミオ――と呼ばれたメイドはリヒルトをじっと見てこう返した。
「……わたしはリオです」
空気が凍り付いた。
書籍版『マジックアロー』が発売されております!
おうち時間が増えるこの頃、美麗なイラストとともにお楽しみください!
【タイトル】初級魔術マジックアローを極限まで鍛えたら
【レーベル】双葉社さま/モンスター文庫
【収録部分】1話~『続・父と子(下)』まで
かわいいローラの表紙と、真っ赤な背表紙が目印です!
よろしくお願いいたします!




