第三王女はどこへ消えた?
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俺とローラはマジックアロー飛行でリヒルトから聞いた村へと飛んだ。リヒルトは第三王女の受け入れをしたので、王女の予定を知っていたのだ。
「俺は領都に残ります! 俺までいなくなったら伯爵に動きを勘づかれるかもしれませんからね!」
そんなわけでリヒルトは留守番となった。
俺とローラは村の近くに着地してから徒歩で村までやって来た。
大きな山のふもとにある小さな村だ。リュミナス領でたくさんの村を訪れたが――これといった違いはない。
俺は三〇歳くらいの男の村人に話しかけた。
「この村でおこなわれている祭事について教えて欲しいんだが」
「祭事? ああ……ま、別にたいしたものじゃないけど――」
村人は山を指さした。
「あの山の地鎮祭だね。一〇年に一度おこなわれるんだ。……もう終わったけどね」
それは俺も知っていた。リヒルトから予定を聞いていたからだ。
「王家の人間が立ち会うと聞いたが?」
「ああ……そうだね。もともと山が荒れたのを止めたのが王家の人間でね――それ以来の風習なんだよ。ま、こんなちっぽけな村のささやかな自慢ってところかな」
まんざらでもなさそうな様子で男は笑ったが、すぐ表情を面白くもなさそうに引き締める。
「その伝統も今年で途切れちまったけどね」
「……途切れた?」
「ああ。王族が来てくれなかったんだよ。こっちは準備していたってのに直前でキャンセルだ。勘弁して欲しいね!」
……!
俺は隣のローラと顔を見合わせた。第三王女は祭事に出かけたと伯爵は言っていたはずだが。
……来ていない?
俺はローラに言った。
「途中で山賊に襲われたりしたのかな?」
「うーん……」
ローラは首を傾げてから村人にこう問うた。
「あの、中止を知らせてきたのはどなたからですか?」
「ん? 伯爵の使いだな」
またしても俺とローラは顔を見合わせた。
道中で山賊などトラブルで行方を断った場合、領都にいる伯爵がそれを知るのは難しい。ならばナスタシアが領都にいる時点で中止にする判断をしたと考えるべきだ。
いや、それ以前に――
エメギス伯爵は第三王女が村に来ていないことを知っている。
なのになぜ、俺たちに旅立ったと言ったのだろうか?
村人は、俺たちに構わず話を続けた。
「最近はひどいものだよ。今の伯爵さまになってから変なことばかりだ。先代だったら王族が来ないなんて絶対にないだろうに!」
そして、こう続けた。
「まったく……前の領主さまがあんなことにならなければ……!」
「あんなこと?」
妙な表現だと俺は思った。それは普通ではない場合に使われる表現だ。
「おかしくなっちまったんだよ、ここがな」
村人は暗い声で答えて、自分の頭を指先でつついた。
「伯爵家のみんな、自分の家族も含めて皆殺しにしたんだよ」
「……!?」
「たまたま外に出ていた弟の現伯爵さまだけは助かった。伯爵さまは兵を率いて兄を討ち、今の地位に就いたのさ。七年前の話かな」
「ひどい……話ですね……」
ローラが絞り出すような声で応じる。
村人は深くうなずいた。
「ホントひどい話だよ。だけどね、そうなる前まではそりゃいい領主さまだったんだよ、先代は。俺たちみたいな田舎者にも目をかけてくれてね。今の伯爵さまとは雲泥の差だよ!」
村人は吐き捨てるように言った。
「今は毎年毎年税があがってどこの村も大変だ。おまけに重ミスリルの鉱山の強制労働まで増やされて。村の働き手がいないよ!」
ぴくりと俺は反応した。
……重ミスリル?
「今、重ミスリルと言ったか?」
「ん? 言ったが?」
そう言ってから、村人が補足する。
「この領は重ミスリルの産地でね。昔から兵役みたいな感じで男は鉱山の採掘に就くんだよ。先代まではわりのいい賃金がもらえてね、そんなに悪くなかったんだけどさ――」
一拍の間を開けてから村人が続ける。
「今の領主さまに変わってからはそりゃもう大変で。賃金は削られるわ、労働時間は長くなるわ。村の爺さん連中から聞いていた話と全然違うんだからな!」
「その言い方だと……あなたは採掘に参加したことがあるのか?」
「ああ。運悪く今の代のな」
男は不快そうに顔を歪める。
「ちょうど半年前にお役御免で戻ってきたところだよ」
そのとき、横に立っていたローラが口を開いた。
「あの……重ミスリルの採掘量は減っているのに、労働は増えていたんですか?」
「え? 採掘量が減った?」
採掘量が減った――それがエメギス伯爵の回答なのだ。だからこそ、王国への重ミスリルの納品量が減っている。
ギルドからもらった資料と比較しても採掘量は減少している。
村人は少し考えてから答えた。
「……いや、減ってないんじゃないか。そんな噂きかなかったし。それにお嬢ちゃんの言うとおり、本当に採掘量が減っていたらもっと楽できたんじゃないかな。あんな働き蟻みたいに働かされないって!」
村人の苦笑には鉱山での苦労がにじんでいた。
それから、そうだ、と村人が指をぱちんと鳴らす。
「ひょっとして伯爵がちょろまかしていたのかもしれないぜ! 普通の搬出ルートとは違う場所に流している鉱石もあったからな! あれはどこに行くんだろうってみんな不思議がってたぜ!」
そう言った後、冗談をごまかすように村人が笑った。
「ま、そんなわけないだろうけど!」
……どうだろうか。
俺たちは村人に礼を言うと、村を後にした。
「……ローラ、どう思う? さっきの話」
「うーん……労働力の低下は――採掘ギルドと手を切ったから、自前で用意する労働量が増えた、で説明はつくんですけど、本当にそれなのかなあ、という気はしますね……」
「そうだな。その解釈は少し伯爵に優しすぎる気がする」
「最後に聞いた別の搬出ルートも気になりますし――やっぱり採掘量は減っていないのでは? むしろ増えている気すらしますね」
「なるほど――」
それだけの採掘量があっても、国への納品は減っている。
どこに重ミスリル鉱石は消えたのか?
「それに第三王女さまのことも気になります。この村に来ていない――それは伯爵さまも知っています。なのに、わたしたちには嘘の情報を与えた」
「そうだな。重ミスリルと第三王女。このふたつが問題か」
「……いえ。もうひとつ」
「もうひとつ?」
「先代の伯爵が乱心したという話ですね……名君だった先代が一族を皆殺しにした――」
ローラは苦しそうな表情で次の言葉を吐き出した。
「それは、言葉通りに受け取っていいんでしょうか?」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
領都に戻ってきた俺たちはリヒルトにその話を伝えた。
どこでも話せる内容ではない。どこでどう話が聞かれているわからないので、警戒した俺たちは街の食堂で話をした。
「なななななな!? それって第三王女さまのこと、俺たちに嘘を教えたってことですか!?」
リヒルトは激怒した。かの邪知暴虐の伯爵を除かねばならぬと決意し――てもおかしくないほどに顔を真っ赤にしている。
「……そうなるな」
「くそ! 伯爵を問い詰めないと――」
がたっ! とイスの音を立ててリヒルトが立ち上がる。
今にも飛び出しそうな勢いだったが――
「……いや、微妙ですね……また適当なデタラメを並べ立ててごまかすかもしれない……」
あごに手を当ててしばらく考えにふける。そして、言った。
「そうだ! ぐうの音も出ない証拠を突きつけてやりましょう!」
「ぐうの音も出ない証拠?」
「はい!」
にやりと笑ってリヒルトが続けた。
「第三王女さま! 俺たちで探し出しましょう!」
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