鉱石商ギルド
書籍版マジックアロー、明日12月28日、発売です!
「リュミナス侯爵家のアルベルトです」
俺もそう言って会釈する。
「本日はリヒルト・シュトラム子爵からの依頼で証人として同席させていただきます」
「構わない」
手短にそう応じると、エメギス伯爵は着席した。
横柄な口ぶりの男だった。……俺のほうが家の爵位は上位なのだが、ただの嫡男と侮っているのだろうか。
別に俺はそれを気にするタイプではないのだが――
家格を人付き合いの基準とみなす貴族には珍しい人物だ。
「さ、用件を述べたまえ、リヒルト・シュトラム子爵。私は忙しい。手短にな」
「用件は重ミスリルの発掘量に関する話です」
リヒルトが言った瞬間、エメギス伯爵がぱんぱんと手を打ち鳴らした。
「終わりだ」
「な!?」
リヒルトが思わず机をばんと叩く。
そんなリヒルトを、エメギス伯爵が意地悪そうな顔で見つめた。
「必要かね? その話は何度もしたと思うが?」
「納得ができないんですよ!」
「はっはっはっは! 納得ができない! それは仕方がないだろう。お前は新任だ。何もわかっていないのだから。お前の無知と無経験で私の邪魔をするのはやめてくれるかな? 言いがかりははなはだ迷惑だ!」
「ぐぬ、ぐぬぬぬぬぬ!」
リヒルトは悔しそうに歯がみする。
「……まあ、いいですよ! 何とでも! とにかく付き合ってもらいますからね! 会議を始めましょう!」
そして、会議は始まった。
リヒルト側の担当者が次々と資料を取り出し、疑問点について質問していく。
伯爵側はそれをのらりくらりとかわしていく。
嘲笑と冷笑を交えながら。
結局――
一時間にも満たない会議は何の進捗もないまま終わってしまった。
「……実に非生産的な時間であったな」
伯爵がうんざりとした様子で立ち上がる。
「これで納得したかね、シュトラム子爵?」
「納得なんてできませんよ!」
噛みつく勢いでリヒルトが言う。
「まだまだ滞在しますから! また時間をいただきたい!」
「新任のわりに暇なのかね? いや、新任だから何もできないからかな。よかったなサボれる口実ができて! はっはっはっは!」
エメギス伯爵が大笑いする。
「好きなだけ滞在するといい。話をしたいのなら担当の彼を捕まえたまえ。私につきあう義理はないからな。それでは失礼」
言い捨てるとエメギス伯爵は出ていった。伯爵側の担当者も一礼して出ていく。
俺たちだけになるとリヒルトが机を強く叩いた。
「ああ! もうむかつく! むかつく!」
……まあ、無理もない。伯爵側はまともに話をしていなかったからな。立会人として俺も何度かエメギス伯爵を注意したが、どこ吹く風という様子だった。
「……どうするんだ、リヒルト?」
リヒルトは粘る様子だが、先行きは暗い。あまり成果は期待できないようだが――
「諦めませんよ!」
リヒルトはそう言い切った。
「せっかくですから証拠を集めましょう! 採掘ギルドに行きますよ!」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
俺とローラ、そしてリヒルトの三人は領都にある採掘ギルドへと向かった。
採掘ギルドとは鉱石に関係する仕事に就く人々が所属する組合だ。鉱石商はその代表だが、鉱石を掘り起こしたり精錬したり加工したりする人たちもここに所属している。
「重ミスリルも鉱石ですからね! ギルドが採掘に関わる何かしらの情報を持っていてもおかしくないですよ!」
それがリヒルトの弁だった。
ギルドに着くなり、リヒルトは自分が子爵だと説明し、重ミスリルの採掘に関して伺いたいことがある――と受付に伝えた。
ギルドの受付嬢は貴族の来訪に目を白黒とさせつつ、ギルド奥にある応接室へと俺たちを案内する。
しばらく待っていると、貫禄のある50くらいの男を応接室に連れてきた。
男はギルドマスターであると自己紹介して俺たちの前に座る。受付嬢がおじぎすると緊張した様子で部屋から出ていった。
ギルドマスターが口を開く。
「……重ミスリルの件で話がある――そう伺いましたが?」
「ええ」
リヒルトはうなずくと、伯爵から引き継いだ重ミスリル鉱山について実際の発掘量と報告で差異がある疑いを話した。
「伯爵には説明を求めましたが、知らぬ存ぜぬで突っぱねられたんですよ。採掘ギルドであれば何か知っているのでは? と思いまして」
「なるほど……」
「重ミスリル鉱山の発掘に関する資料をいただけないですかね?」
ギルドマスターはあごを撫でてからこう答えた。
「実はですね、重ミスリル鉱山は採掘ギルドの管轄外なのですよ」
「え!?」
「えーと……厳密に言うとですね、前の当主さままでは我々も把握しているのですが――現当主グラード・エメギスさまに代替わりしてからは一切の秘密主義を貫かれておりまして……」
「むむむむむむむ!」
リヒルトがうなる。
俺は俺で思った。
怪しい……。
いきなり公正な組織であるギルドを追い出すとは普通ではない。やはりそこには何か隠したい事柄があるのだろう。
……数をごまかした重ミスリルはどこに消えたのだろうか……。
「役に立つかどうかはわかりませんが、こちらが把握している過去分の資料についてはお渡ししましょう」
「……ありがとうございます……」
言いつつも、リヒルトの表情は明らかに落胆していた。
そんなリヒルトにギルドマスターが話を続ける。
「……伯爵をお疑いになっているのですか?」
「うーん……どうなんでしょうね」
言葉を濁しながら、リヒルトはこう言った。
「納得したいだけなんですよ。数値の違いについて。訊いても教えてくれないし、こうやってギルドに足を向けると怪しい情報が聞こえてくる。これじゃ、さすがにね……」
はあ、とリヒルトは盛大にため息をついた。
ギルドマスターがリヒルトをじっと見ながら口を開く。
「……少し気になっていることがありまして……」
「?」
「実はですね、領内の優秀な鉱物職人が行方不明になる事件が多発しているんですよ」
「……え?」
リヒルトが眉をひそめる。ギルドマスターが話を続けた。
「現当主さまに変わってから――ですが」
少し部屋の温度が下がったような気がした。
本当に、エメギス伯爵は何を企んでいるのだろうか。
ギルドマスターは咳払いをする。
「すいません、独り言がすぎましたな。忘れてください」
それはこういう意味なのだろう。
伝えることは伝えたが、採掘ギルドのマスターから聞いたとは言わないで欲しい。
エメギス伯爵の恐怖をこの男は俺たちより知っているのだ。
無責任とは思わない。
知らぬ存ぜぬで俺たちを送り返してもよかったのだ。だが、この男の良心はきっとそれを良しとしなかったのだろう。
「わかりました」
リヒルトがうなずき、俺たちはギルドを後にした。
「かーっ!」
リヒルトが往来を歩きながら大声を上げる。
「なんだかもー、お前、怪しいんだぞ! って情報ばっかですね! やっぱ、あの人がいないとダメですよ!」
「あの人?」
「第三王女さまですよ! 今この領に滞在している!」
「王女を担ぎ出してどうするんだ?」
「相談します! この状況を! まだ国に訴えたりはしませんけどね。とりあえず、王女さまから圧をかけてもらえれば少しは話を聞くかもしれない!」
……確かに、侯爵の嫡男である俺の話などどこ吹く風とばかりに聞き流されたが、さすがに王族の言葉を簡単には無視できまい。
「だけど、いつ戻ってくるのかわからないんですよねー……」
どこかの村に祭事で向かった後、バカンス目的で領を旅しているらしい。王族は暇ではない。そう待たずとも戻ってくるとは思うのだが、リヒルトも自領のことがあるので時間は無駄にできない。
俺はぽつりと言った。
「……探してこようか?」
「え!?」
驚いた顔でリヒルトが俺を見る。
「できるんですか?」
「……絶対とは約束できないが……」
俺のマジックアロー飛行ならば素早く移動できる。祭事に向かったという村で話を聞けば、どこに行ったかわかるかもしれない。うまく追いつければ事情を説明すればいい。
「とりあえず、最初の村を教えてくれ」
「アルベルトさあああああん! ありがとうございます! さすがは頼れる男ですよ! お願いします!」
翌日、俺はローラとともに祭事が執りおこなわれた村へと飛んだ。
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