エメギス伯爵の歓迎(歓迎されてない)
「その伯爵さまの差し金だったりして……?」
ぴしり、と空気が固まった。
俺とリヒルトの目が交錯する。
ローラが馬車の天井を見上げながら独り言のように続ける。
「さっきの石を転がして岩にするのは『アースボール』の魔術だと思うんですけど、難しい魔術なんですよね。わたしも使えませんし。山賊にそんな腕の立つ人がいますかね……」
そのとき、ローラがはっとする。
硬い顔をする俺たちと固まってしまった空気をほぐすようにローラが笑った。
「あは、あははははは! ななな、なーんちゃって! そんなことあるわけないですよねー!」
だが、俺もリヒルトも笑わない。
きっとリヒルトも俺と同じことを考えているのだろう。
……ない話ではない、と。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
高速馬車が伯爵領の領都にたどり着いた。
「う……こ、ここもお城なんですね……!」
都市の中央に居を構える城を見てローラがそんなことをつぶやく。
王城はもちろんリュミナス領の城に比べても小さいが、立派で堅牢な城がそこにあった。
やがて俺たちが乗る馬車は伯爵の城に到着した。
俺たちが馬車から降りると、執事服に身を包んだ三〇くらいの男がやって来て頭を下げた。
「領主グラード・エメギスさまの執事でございます」
「出迎え感謝する」
リヒルトが泰然と応じた。
……俺たちと話しているときの軽薄さはどこにもない。リヒルトにすれば敵地だ。甘く見られてはいけないと気を張っているのだろう。
「こちらがリュミナス侯爵の嫡男アルベルトさま、そのお連れのローラさまである」
リヒルトの紹介の後、俺たちは会釈する。
その後、俺たちは割り当てられた個室に案内された。
「狭い場所ではありますが、ごゆっくりおくつろぎください」
俺を案内してくれたメイドがそう言う。
「伯爵さまからのご伝言です」
メイドがうやうやしい口調で続ける。
「歓迎はいたしますが、あまり城内をうろつかないで欲しいとのことです」
「はい」
メイドがテーブルに置いてあった城の見取り図を指さした。
「また、城全体に多くの兵を巡回させております。必要に応じてお声がけさせていただき、部屋にお戻りするようお願いすることもあります。ご理解ください」
「……なぜ、そんなことを?」
「理由については口止めされており、申し上げることはできません」
一礼するとメイドは部屋から出ていった。
……どういうことだろうか……。
何かしら警戒しているのだろうか。よくわからないが、とりあえず言われたまま従うしかないな……。
その夜、俺たち三人は城の食堂で供された食事を――
食べると思っていたのだが。
「……いいのか、リヒルト? 伯爵との夕食を無視して……?」
街の食堂で夕食をとっていた。
てっきり伯爵と顔見せがてら夕食をともにするかと思っていたが。
「無視も何も! もともとお声がけされてませんからね!」
いらだちを隠さずにリヒルトはまくしたてると、がぶり! と骨付き肉にかじりついた。
「……そうなのか?」
応対するのが貴族のマナーだと思っているのだが。
「そーですよ! 俺なんて眼中にないんですよ! でも、アルベルトさんまで見えてないのってはちょっとないんじゃないですかね! 侯爵ですよ、侯爵!」
「……まあ、俺は主賓ではないから……」
だが、妙な話だ。貴族は貴族を立てる。階級による明確な格差は存在するが、基本的にそのルールは遵守される。
それが貴族の振る舞いなのだ。
……本当に忙しいにしても、挨拶すらないのは考えにくい……。
……挨拶。
「そうだ、リヒルト。ナスタシアさまには挨拶したのか?」
俺は聞いていた第三王女の名前を口にした。
王族が滞在しているのだ。挨拶くらいはしておかないと。
「いや、まだなんですけど。今いらっしゃらないそうですよ」
「いない?」
「ええ。もともとナスタシアさまはこの領の祭事に王族の代表として参加するためにいらっしゃってるんですよ。その用事で出かけているらしくて。観光も兼ねているのでしばらく帰ってこないそうですよ」
「そうか」
……いないのなら挨拶できなくても仕方がないか。
リヒルトが口を開いた。
「伯爵の態度の悪さは頭にきますけど! 悪くないですよ。じゃないと、ローラさんがひとりですからね!」
「え、わたし、ですか……?」
静かに食事を食べていたローラが口を押さえながら反応する。
伯爵と食事をとる場合、平民のローラを同席させるのは難しいかもしれない。領主グラード・エメギスがどういう人物かは知らないが……リヒルトのように鷹揚な貴族は少ないのだ。
ごっくんと食べ物を呑み込んだ後、ローラが口を開いた。
「気を使っていただいてありがとうございます! でも、お仕事ですから! わかっていますから! そのときはわたしのことは気にしないでください!」
「いい子だねえ、ローラさん!」
リヒルトは言いながら目頭を押さえる。
「よしよし! 今日は――ていうか、今回の滞在中は俺のおごりだから! 遠慮せずに食べておくれよ!」
翌々日――
俺とリヒルトは領主グラード・エメギスと会うこととなった。
リヒルトが何度も口にしている重ミスリルの発掘量に関する話し合いをするためだ。
本当は昨日の予定だったらしいが。
いきなりキャンセルされた上に延期日の指定もなかったのだ。流れかけたところを激怒したリヒルトが食い下がって今日の開催までこぎつけた。
会議室には五人の男が集まっている。
俺とリヒルト、そして、リヒルトが連れてきた担当者。
向こうはふたり。
おそらく、あちらの担当者と――
「グラード・エメギスだ」
五〇くらいの、口ひげを生やした眼光の鋭い男がそう挨拶した。
12月28日に1巻が発売ということで!
出版社から【マジックアローの献本】が届いたんですよ。実物の本ですね。
データでは拝見していましたけど――
紙の本を見るとひと味違いますねー。ついに本になったんだな……自分の書いたものが形になったんだな……と。あと数日で全国の書店に並ぶと思うと感慨深いです。
いい本になったと思っておりますので、手に取ってもらえると嬉しいですね。
ところで、編集さんが販促用に『Amazonのページ』にキャラ紹介を作ってくれました。挿絵の一部(序盤のカーライルvsアルベルトですね)がチラ見できますので、興味があれば見てみてください。いやー、もうねー、超美麗ですねー、ほんと。
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