結果発表! 物語は新しいステージへ!
あの受験生にこだわる理由は何か?
盟友フィルブスの問いに隠し事をするつもりはない。カーライルは自分の心のうちをすらすらと話し始めた。
「もともとね、学院の監査には他の人間が行く予定だったんだ」
「ほう?」
「でも、星見の結果――あそこに『大きな可能性』が現れる予兆が見えたのさ。それで僕が行くように調整したんだ」
「大きな可能性ね……それがあの彼か?」
「かもしれないね。たまたま彼のマジックアローを受けてみたんだけど……異常な威力だったよ。この僕のハードプロテクションがあっさりと砕けかけたからね。慌ててダイヤモンドプロテクションを追加で展開して――それでも威力を殺しきれなかったので地面に叩きつけたんだ」
すっとカーライルは右手をあげた。
「あまりの威力にしばらく右手が痺れて大変だったよ」
「お前の防御魔術でも殺しきれない威力なのか……信じられないな」
「もっと信じられない話をしてやろうか?」
「おいおい、まだ続きがあるのかよ?」
「たかだか強いマジックアローだけであそこまで強く推薦しないよ。試験官が言っていたんだけどね、あのマジックアローは普通じゃない、不正の疑いがあると。僕もそう思った。でないとあの威力は理解できない。だから、こっそり彼に魔術を掛けておいたんだ。彼の行使した魔術を解析して僕に知らせてくれる種類のね」
「ほう、それで?」
「第二実技試験。彼が使った魔術は何だと思う?」
「第二? 確か魔力解除だよな? ディスペル・マジックだろ? それの試験なんだから」
カーライルは首を振った。
「マジックアローだ」
「は?」
「第二実技試験でアルベルトが使ったのはマジックアローだ。それ以外の魔術は絶対に使っていない」
「いや、待て。さっきお前が読み上げた成績だと魔力解除は成功したとあったよな」
「そうだ」
「てことは……え、そのアルベルトってやつはマジックアローでディスペルしたってことか?」
「そうなるね」
「ありえない!」
フィルブスはそう言って大声で笑った。
カーライルもそう思いたかった。事実であれば人類が積み上げた魔術理論がひっくり返るほどの衝撃だ。
「何かの間違いじゃないのか、カーライル……いや、こと魔術でお前が間違えることはないか」
「……だから、僕は彼を管理下に置きたいと思った。学校に入学すれば観察も容易だろう……なあ、学院教師のフィルブスくん?」
フィルブスは肩をすくめた。
「……やっぱりそれ俺の仕事なわけ?」
「もちろんだ。謎の生徒アルベルトの調査と報告を期待するよ」
「ああ、もう! 押しつけやがって!」
フィルブスは両腕を振って叫ぶ。しかし、その顔はまんざらでもなかった。
「ま、そんな話を聞くと俺も興味があるんだけどな」
「よろしく頼むよ」
カーライルは陰鬱な表情と声でこう続けた。
「平和な時代はそう長く続かない。闇の手は王国のあちこちに伸びている。アルベルト――彼がそれを救う希望の星ならいいんだけどね……」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
結果発表日、当日――
またマジックアローを乗り継いで王都にやってきた俺はローラと合流すると魔術学院の正門へと向かった。
「この三日間、ずっと生きた心地がしませんでしたよ……落ちたんじゃないかって……」
少しやつれた感じのローラがそんなことを言う。
「アルベルトさんはどうでした?」
「別に気にしていない」
「平常心がすごい!?」
「そういうわけじゃないけどね……」
そわそわしていたのは俺も同じだ。だが、そういう場合の感情の御し方を俺は知っている。
ひたすら魔術書を読むのだ。
もちろん、マジックアローのページをひたすら。何度も何度も。
おかげでまた一段とマジックアローの理解が深まった気がする。
ようやく正門が見えてきた。
「うううう……胃が痛い……」
ローラの声。
遠くに受験生らしき連中がたむろしている場所があり、彼らはそこに建てられた大きな木の板――そこに貼り付けられた紙に目を向けている。
静かにうなだれている少年、両手を上げて喜んでいる少女……。
あそこに運命を分かつ結果があるのだろう。
やがて――
俺たちはその板の前までやってきた。
最初に声を上げたのはローラだった。
「あった! ありましたよ! 三九〇番! 三八九番も! 受かりました! 受かりましたよ!」
ローラが指さした方を見ると、確かにその番号が並んでいた。
三八九番が俺で、三九〇番がローラ。
俺はほうと息を吐いた。
どうやら俺は何とか滑り込めたらしい。第一実技ではケチをつけられたし、第二実技はタイムアップ寸前だったし……筆記は、せいぜい普通くらいだろう。
よくぞ受かったものだ。
「村長さんお爺ちゃんお婆ちゃんお母さんお父さん弟妹に村のみんなあああああ! ローラやったよおおおおおおおお!」
本当にローラが嬉しそうだった。
「村中に感謝しているね?」
「あ、ご、ごめんなさい! つい興奮しちゃって……」
恥ずかしそうにローラが顔を赤らめる。
「いや、いいけど。そんなにお世話になったの?」
「はい。みんな応援してくれて……頑張ってこいよって村中でお金を出して送り出してくれたんです! だからみんなの期待に応えたいと思っています!」
「それはいいことだね」
「はい! それと――もちろん、アルベルトさん、本当にありがとうございます!」
そう言って、ぺこりとローラが頭を下げる。
「え? どうして?」
「アルベルトさんがわたしを介抱してくれなければ――わたしを王都に届けてくれなければ――わたしは試験を受ける前に失格していました。この合格はアルベルトさんのおかげです!」
「いや……はは、そう言われると照れるね」
「本当に! 本当に! ありがとうございます!」
「……俺もローラには感謝しているんだ」
「そうなんですか?」
「ああ。何というかな……もう一度だけ頑張ってみよう、そう思ったんだ。あのとき倒れた君を見つけていなければ――俺はいまだにあの家で静かに暮らしていただろう」
ローラがにっこりとほほ笑んだ。
「そう言ってもらえると嬉しいです。わたしとアルベルトさんの出会いに意味があるのなら――それは素晴らしいことです!」
「本当にね」
俺は魔術学院の校舎を見た。
今までは正視できなかった校舎。今は違う。
再び挑むと決めたから。
今度は逃げ出さないと誓ったから。
心の痛みはまだあるけど。一〇年前の失敗はまだ苦みとなって胸に残っているけれど。
それでも俺はひたりと校舎を真正面から見た。見ることができた。
俺はここでマジックアローの限界に挑むのだ。垣間見た奇跡が奇跡ではないことを証明してみせよう。
「アルベルトさん」
ふわりとほほ笑んだローラが手を差し出す。
「これからは同じ学校で学ぶ友達としてよろしくお願いします!」
「ああ、こちらこそ」
俺はそう言うと、ローラの手をしっかりと握り返した。




