猫と休日(後編)
小鉢植物園を一つ作った。
鉱石を岩山の様にいくつか配置し、苔むす大地をその周辺に敷き詰めて、羊歯を樹木に見立てて植える。
ピンセット(摘み金具──とでも言うのだろうか?)で、一つ一つを配置していると、花壇を囲む煉瓦に腰掛けていた俺の足下に猫がやって来て、体を擦り付けてくる。
「なんだ、もう食べ終わったのか? そんなに時間が経ったかな」
「ぅにゃぁぁ──」
と、義足の上に足を乗せるとその上に乗り、温かく無かったせいか、右足から降りて左足に向かう。猫は足の間で体を丸めると眠ってしまう。
「変な所で寝る奴だなぁ……」
ぽかぽかと温かい日差しを浴びながらテラリウムを作っていたが、俺も段々と眠くなってきた。たまには昼寝でもするかと、倉庫から敷物を引っ張り出し、庭の真ん中に敷く。
猫は花壇の側で丸まったまま動かない。
空に見える焔日は燦々と陽光を降り注ぎ、街を温めている。──しかし、この世界にも一応四季に似たものもある。
今は温かいが、火の神の力を温存する期間が存在し、冬に近い季節もある(そこまで冷え込みはしないが)。
雨は滅多に降らない。水の神が発生させる雲が無ければ雨の元となる物が、この浮遊する大地には無いからだ。
そんな事を考えながら横になる。
雪は降らない。というか、ここに住む人々の中には「雪」という概念が無いのだ。もしかしたらフォロスハートが砕ける前の世界の書物には、雪の事が書かれているかもしれないが、それを読んだ時に、ここの人々は「雪」をどのように捉えるのだろう──
焔日の温もりの中で横になると、例の女神の姿が脳裏に浮かんできた。女神と呼ぶに相応しい美貌と、豊満な肢体、あの我が儘な性格さえ無ければ、素敵な女性だと手放しで誉め称えるのだが。
まあ、あまり考えるのはよそう。こうした思考も筒抜けになっている恐れがあるのだから。
*****
夢を見ていた──過去の夢だ。
俺がフォロスハートに来る前の、懐かしい記憶。最近よく見るようになった。
誰も居ない自宅の庭で錬成用の炉と釜を準備している。
自宅は二階建ての、一般的な大きさの建物だが、独りで住むには広すぎる。かといって誰かと住もうとは思った事も無いが。
休日になると錬金術の実験と、テラリウムの作成を良くやったものだ。別に卑金属を金に変えようと思っている訳じゃない、化学に特別の興味がある訳でも無かった。
なのに何故かその作業に没頭した。心の中の内なる呼び声に従って行動した、というのが実際の所なのだろうと思う。
夢の中でも(夢だという自覚がぼんやりとだがあるのだ)どうしてか、錬金術の実験を始め、何やら色も判然としない液体を容器に入れて、混ぜ合わせていると……
ぼんっ、と音を立てて白い煙りの中から巨大な猫が現れた。
『うにゃぁああぁ──』
それはドスンと、俺の上にのし掛かり、もふもふの体で俺を押し潰そうとしてくる。
「ぅうぅぅ……や、やめろぅ。……い、息が──」
*****
そこで目が覚めた、新しい展開の夢だった。
ふと胸の辺りが暑苦しいと感じた俺は、頭を下半身の方に向けて見る。
白い猫が目の前で熟睡していた。目の前に猫の顔があるのだ。
いつの間にか猫が俺の胸の上に移動して、俺に悪夢を見せたのだ。当の本人はぬけぬけと、腕を組むみたいに前足を折り畳み、目を瞑って眠りこけている
仕方がない。この猫が起きるまでは、じっとしている事にした。




