炉の改良から始まる新築構想
アラストラは帰って行ったが、持って来た銀鎧竜の素材は、そのまま置いていった。「改修費用に充ててくれ」と言い置いて。
冒険から帰って来たレーチェらに、その出来事を話すと副団長は「わかりましたわ」、と手を打つ。
「それでは改修いたしましょう」
「せっかく炉を掃除したばかりなのに……」
「炉だけではありませんわ。この辺りの建物ごと改修いたしますのよ」
「あえ?」
彼女は唐突に切り出す。
「この建物に隣接する土地の買収に成功しましたので、いい機会だと思いますわ。この建物ごと壊して、大きな旅団の拠点へと変えましょう」
「おいおい、いきなりだな」
彼女は肩を竦める。
「あなたに相談しようと思っていたのですけれど、先代の鍛冶師の方との思い出もある場所だと思うので、少し躊躇していたのですわ」
「その割には平然と『ぶっ壊す』と言っていたような……」
「そんな下品な言い方はしていませんわ!」
どうやらレーチェはだいぶ前から、この鍛冶屋周辺の土地の買収に手を回していたらしい。表だって動くと旅団の心象が悪くなると考えて、ウィンデリア家の執事の一人に根回しをさせていたという──。やり口が悪者っぽいのはたぶん気のせいだろう。
「と言う訳で、当分の間『オーディス錬金鍛冶工房』はお休みと致しましょう。よろしいですわね? 団長」
「い、いや。しかしだな」
「経費はあなたの管理局への研究開発と、錬成指南書の報酬でも足りませんけれど、それはこちらで出しますわ。それでいいですわね?」
「……はい」
こんな感じで、レーチェ主導の旅団拠点改修工事が始まってしまったのだ。その日は主立った荷物を自宅から、旅団宿舎の方へ運んで行く事になった。仲間達と協力して荷物を運んだり、棚や箪笥を男連中(三人しか居ない)で運んだりして、夜まで掛かってしまった。冒険から帰って来て、さらに働かされている団員の方がきついだろうに、彼ら(彼女ら)は平然としている──ずいぶん体力も付いたらしい。
「これで団長も一緒に住めるね」
メイは何故か嬉しそうに言う。優しい彼女は、一人で別の場所に住んでいた俺を心配してくれていたのだろう。
「まるで孤独死寸前のじいさんみたいな扱いだな」
そんな感想を口にしつつ、悪い気はしない。しかし宿舎で俺を待っていたのは、レーチェとの新しい鍛冶場兼旅団拠点を、どういった構造の物にするかを議論する会議だったのだ──
彼女はいくつかの鍛冶屋の建物の見取り図などを用意していて、かなり前から、あの建物を壊して建て直す気でいた事を窺わせた。その事を口にすると「いつかは建て直す事になると思ってはいましたわ」と言うのだ。
彼女は管理局の保持する、いくつかの炉の見本の様な図面を見せ、どういった物を設置するか意見を求めてきた。
「燃結晶の大量投入に耐えられる素材と、熱を生み易くする構造。──掃除のし易さや、煙突の事も考慮すると大事になるな」
「改装するのですから、徹底的にやりますわよ」
そう言って現在建っている四つの建物(二軒は鍛冶屋と現在の自宅)の図面を、テーブルの上に並べる。どうやら上水道や下水道の位置を把握し、四軒分の土地を使って、大きな拠点兼鍛冶場を造る算段のようだ。
「ん? 俺の住まいは……?」
「この宿舎で構わないのでは? 何か問題でもありまして?」
問題はあるだろう──女を連れ込む事もできないじゃないか。と口にするのは止めにして、「角部屋がいいのだが」とだけ口にした。
「ならちょうど、一階の一部屋が空いていますわ。そこに荷物を運び直して下さいな。今日荷物を運び込んだ部屋は、物置にする予定の部屋ですので」
知ってるよ! と叫びたかった。入り口横のがらんどうの部屋に荷物を運び込み、家にあった棚などは、通路に置いたままにしてあるのだ。
大まかな新設する建物についての相談が終わると、明日には建築士に設計を依頼して、同時に今ある建物の解体に入るという──。手際の良さに呆れると同時に、先行きが不安になる。
「また追い出されなきゃいいけどな」
そんな事を呟きながらカムイやレン、メイやユナ達の手を借りて、角部屋の中に荷物を運び込んだ。




