猫獣人族と小獣人族の対立
ナンティルとの交渉が終わると、鍛冶場に三人の少女が入って来た。──いや、先ほど出会ったエルニスの三人だ。
そう言えば、「後ほど旅団に行く」というような事を言っていたかもしれない。
「おお、オーディスワイア殿。ここがあなたのりょ……むむっ⁉ なんですか? その猫っぽい者は?」
ミリスリアと呼ばれていたエルニスが、ナンティルを指差して言う。
「猫っぽいとはなんにゃ! ちっさい淫獣が!」
全身の毛を逆立てて威嚇するナンティル。──いかん、このままだと鍛冶場で戦いが始まってしまう。
「い、い、淫獣⁉ な、何をこの化け猫娘が! いけませんぞオーディスワイア殿! この様な小娘を旅団に入れておくなど、品位が疑われてしまいます!」
ミリスリアの背後から「そうです、そうです」と囃し立てる二人のエルニス……。どうやら、この二つの種族は仲が悪いらしい──同族嫌悪というやつなのか? 厄介な事になった。ひとまずナンティルに声を掛けて、落ち着くように諭すと、彼女は逆立った毛を萎ませて毛繕いを始める。
「君らも少し落ち着いてくれ、彼女は行商人であって、旅団の仲間という訳でも無いが、錬金鍛冶に欠かせない素材を持って来てくれる商人なんだ」
俺の言葉にミリスリアは、何かを言おうとして口を噤んだ。ここで争いは起こさせないという、こちらの意図を汲み取ってくれたようだ。
「む……確かに、こちらも些か無礼な事を申し上げたかもしれません。その事については謝罪致しましょう──ですが! この者、先ほど言うに事欠いて我を淫獣などと! 到底見過ごせぬ暴言ですぞ!」
すると再びナンティルが毛を逆立てる。
「本当の事じゃないか! 私達の種族の男を、香料を使って惑わし、強制的に子供を孕ませようとしている事は、ばれてるにゃ‼」
「しゃ──!」と鋭い、威嚇の声を発する(どこから出ている音なのか)ナンティル。なるほど、男の居ないエルニスは、種の保存の為に、猫獣人の男を使っているという訳か。
今までなら「よし、分かった。間を取って俺が彼女らに子供を孕ませてやろう」などと、過激な下ネタで一笑い誘うのだが。この場でそれを言えば、双方から袋叩きに合いかねない。
……まずい、何も良い解決方法が思いつかない。
「なんの騒ぎ?」
鍛冶場の入り口から現れたのはメイだった、彼女は今日休みの日だったのだ。音も無く入って来た少女に驚いて振り返る、エルニスの三人。彼女らとメイの目が合うと──
「なにこの小さい子、かわいい」
そう言ってメイは、近くに居た稲穂色をした毛を持つエルニスを抱き上げて、鼠の耳に似た物の乗る頭をもふもふと触る。
「な、なんですかぁぁあぁ! この子供はぁあぁ! 止めさせて下さいぃぃ!」
側に居た、銀色の髪をしたエルニスが「ロネアぁ!」と、まるで巨人に連れ去られてしまう仲間を案じる様な声を上げる。
じたばたと暴れるロネア。だが彼女の力では、メイの腕を振り解く事は出来ない。
「メイ、降ろしてあげろ。怖がっている」
俺が言うと少女は渋々という感じで、床にエルニスの身体を降ろす。ロネアは怯えて銀色のエルニスの陰に身を隠そうとする。
「うちの旅団員が失礼をした、申し訳ない」
メイを呼びつけると、側に来た少女の頭を軽く小突く。エルニス達はメイの登場で毒気を抜かれた様子だ。
「とにかく、この場所で争いは起こさないでもらいたい。俺としては猫獣人族とも小獣人族とも仲良くしたいからな」
俺はそう言ったが、彼女ら同士の溝は相当深いようだ。同じパールラクーンに住む者であるが故に、敵対的に成らざるを得ないのだろう。隣国と仲が悪いのはどの種族でも変わらぬ事の様だと思い、少し苦笑してしまう。
三人のエルニスは、日を改めて後日にお礼をしに来ます、と言って鍛冶場を出て行った。ナンティルも少し落ち着くと──メイが、細長いナンティルの尻尾を狙っている事に気づいて、足早に去って行く。
後には残念そうな顔をした少女だけが残され、少女の足下で白い野良猫が構って欲しそうに、彼女の脚に体を擦り付けていた。




