管理局での錬成事情
シリーズ名『方舟大地フォロスハートの物語』から《外伝》と「登場人物などの設定」を読む事が出来る物を投稿しました。そちらも読んでもらえると嬉しいです。
錬成指南書の草稿を書き上げた俺は、管理局の技術班にそれを届ける為に、管理局の広い敷地内を歩く事になった。案内の女(受付嬢)の後を追いながら、三階建てや四階建ての建物が多い管理局の建物の間を通って、時折公園か庭園の横を通って一つの建物に入って行く。
案内された先でも受付に声を掛けて、技術班のメリッサに会わせろと言って、二階の執務室に案内された。
部屋の中には数名の事務員らしき男女が居て、何やら忙しない様子で机に向かっている。
「オーディスワイアさん、よく来てくれました。指南書の件ですか?」
俺は書いてきた草稿を彼女に手渡し、中身を確認するよう求める。
「もう書いて下さったのですか! 早いですね。助かります……それと、もう一つお仕事を頼みたいのですが──」と言い難そうに彼女は喋り出す。
「実は魔法の剣の錬成を、うちの錬金鍛冶師にやらせているのですが──。八回目にやっと短剣を一振り完成させたのですが、どうも性能が──あなたの試作品の短刀の方が優れているくらいの物しか作れなかったようで、鍛冶師が自信を失ってしまいそうなのです」
「それは俺に言われても困る」
魔法の剣の錬成は次々に素材を使っていくのだが、魔力の流れを定着させて、常に剣の内部に魔力の流れを安定させながら、いくつもの精霊結晶を溶かし込むのだ。──例えるなら固い粘土の中に細い針金を無数に通して、粘土を叩きながら針金が切れないよう注意しつつ、色々な硬さの物をその上で砕いて固める様な作業だ。──少しのズレが性能差に直結するし──失敗は即、錬成していた物の崩壊を引き起こす恐れがある。
「そこで実際に作って見せて頂きたいのですが……」
彼女は申し訳なさそうに言う。俺は嘆息しつつも了承し、彼女らの鍛冶場に向かった。
そこは何とも広く、設備も色々と用意された場所であった。俺が爺さんから譲り受けた鍛冶場など、ここと比べたら犬小屋だと言われても仕方がないだろう。
「凄い設備だな。うちの錬金工房を見た後で、よくここを使って錬成しろと言えるな」
暗に「これだけの設備を使っていながら、良い錬成品が作れない」などと泣き言を口にするなと言ったのだが、メリッサはまあまあ、と宥めるような仕草をして、こちらですと一つの鍛冶場に案内する──。場所ごとに武器を作る場所、鎧や盾などを作る場所、と決められているらしい。大型の炉は金属を延べ棒に変える為の溶錬炉らしく、鍛冶師が三人ほど作業を行っている。
「オーディスワイアさんが錬成の実演をしてくれるので、皆さん集まって下さい」
メリッサが周囲の鍛冶師達──年齢はまちまちで、若いのは十代半ばから、老いは七十代くらいのまで居る──に取り囲まれた。この中で熱い炉の前で作業しろと言うのだ。「無茶苦茶言いやがる」、と口には出さずに言って金属や精霊結晶などを、いつも同じ様な並べ方に置いて作業に移る。
周囲で見ている鍛冶師に説明しながら、溶かした鉄を打ち、折り畳んで打つを繰り返した後。いよいよ素材を溶かし込んで、剣を魔法の剣へ加工していく段階に入る。
周りで見ている者達も真剣な面持ちで、食い入る様に見つめているが、炎を前に作業している俺が一番熱いのだ。
鎚を打ちながら魔力を剣の柄側から流し続けて(柄の中に魔力結晶を仕込んであり、それが溶けきる前に)、作業工程を完遂しなければならない。熱を発する剣の上に精霊結晶を乗せて砕き、魔力回路の接続を見ながら、後は時間内に正確な作業を行って剣の形を整えながら、仕上げに掛かるだけだ。
良かった、一回で成功した。
「俺も三回に一度成功するかしないかだった。魔力の流れを把握しながら鎚で打つべき場所を瞬時に考え、正確に魔力の流れを剣の中に固定する心象を持って行う事が必要だ。もちろん溶かし込む素材を、正確に魔力回路に繋げなければならない」
これらが出来ない事が、性能の低い錬成武器になってしまう一番の要因だ、と彼らに説明すると周囲で見ていた者達から拍手が沸き起こった。俺は完成した剣を水で冷やし、近くの若者に研磨を頼んで立ち上がる。
「さすがですね」
離れた場所で見ていたメリッサが言う。あの剣の錬成分は、錬成指南書の報酬に上乗せしておきますと言い、俺は脱いでおいた服を肩に掛けながら、「そうしてくれ」と暑い作業場を後にする。




