錬成指南書の執筆と様々な仕事
翌日には何と、管理局技術班の職員がやって来て(ロン何とかだったが──忘れた)、執筆用の紙の束を置いていった。ご丁寧に墨入りの小瓶や、鹿の角を加工した筆なども用意され、彼女の用意周到さと、思う通りに人を動かそうという強烈な意志を感じる。
まったく怖い女だ。自分で「管理局には一部の傲慢な考えを持つ者」も居る、みたいな事を言っていたが──。自分にも充分にその「傲慢なる者」に数えられる素質があるのを、失念しているとしか思えない。
いやまあ、親切心もあるのだろうが、さすがにこの手際の良さには閉口してしまう。
「出来る女は怖いねえ……」などと、しみじみと感想を漏らしつつ、その紙をありがたく使う事にして昼前から執筆に入る。
最初にいくつかの項目を決めておく。何を書くべきかを思い巡らせて、それらを記述し目に付く場所に貼っておいた。
錬金鍛冶の仕事も受けながら(魔法の剣作製の依頼はやはりお断りする)、合間合間にいくつかの覚え書きを書いて、休憩時間に考えを纏める作業に入り、昼食を食べながら執筆作業に必要な、いくつかの注意点を書き出しておく。
執筆内容の大筋を決定すると鍛冶屋も閉めて作業に入った。慣れない文字を書く作業だったが、考えを纏めるのは得意な方だ。大まかな物を書き終えると、少し間を置き、改めて書いた物を点検して修正すべき個所に筆を入れる。
こうした作業を繰り返し行い、草稿を完成させる。清書は管理局の方に任せて問題ないだろう。彼らの製本技術には印字を行う機械があるのだから。何でも大地が壊れる以前からあった──、言わば古代の遺産と言うべき代物で、これ以外にも管理局には珍しい機械が保管されているらしい。──この様な技術は転移門を潜った先で発見される事もあり、その様な物を発見すると、管理局から大きな報酬を貰えるので、これらを目当てにした冒険者も居るのだ。
数日間はそうして旅団員を冒険に送り出すと、錬金鍛冶の仕事をし。空いた時間に執筆をして、錬成台の方陣と素材の配置に関する章を書き終えたのだった。
目の回る様な日々だ。まだ他にも書く項目は残されてはいるが、一つ一つはそれほど大きな物にはならない。細かな作業工程を書き記す必要があるのは、錬成台の方陣と素材についての項目だったからだ。
「にゃ──」
鍛冶屋の机で作業している俺の足元で猫が鳴き声を上げる、煮干しをくれと脚に体を擦り付けているのだ。白い猫は相変わらず少し体が汚れていたが、色々な所を移動しているので当然だろう。最近では旅団宿舎にも顔を見せるようになったらしい、レーチェが文句を言っていた。
庭で訓練していたエウラやユナ達の姿を見つけて近寄って来たのだろう。──彼女らの事を覚えているのだ。
俺は小箱から煮干しを取り出して、木の皿の上に乗せ床に置いてやる。俺は猫の相手もほどほどにして、残りの執筆を書き上げる事にした。
「ただいま戻りました」
鍛冶場の入り口からエウラとユナ、メイ、カムイとウリスが現れた。──もうそんな時間か、猫は鍛冶場の隅で丸まっていた。エウラ達の帰りを待っていたのだろうか? 探索で得た素材を作業台に置いて、エウラやユナは素材保管庫を開けて素材をしまうと、猫の所へ行って撫でている。
「もう終わった?」
メイが尋ねてきた。執筆の九割は終わっている──俺は、もう少しだなと少女に言って、残りの作業に取り掛かる。
レーチェ達が戻って来る前に、錬成指南書の草稿は書き終わった。後はメリッサと話しながら、不明な部分や分かり難い部分などを確認して修正するだけだ。その日は入手した素材などの確認(エウラが書き込んだ物を)してから、レーチェらと共に宿舎へ向かう。
夕食を旅団の仲間と共に食べる。──今日はいつもよりも疲れていて、食事を食べ終えると急に睡魔が襲ってきた。
その日は軽く湯で汗を流すと自宅へ戻り、歯を磨くとすぐに寝台で横になる。次の日の予定を考える間もなく眠りに就く事になった。




