冒険と錬金鍛冶師
何気ない日常。それが大事。
鍛冶仕事を早めに終えて宿舎に戻ろうとすると、拠点から運搬業者の男が馬に荷車を引かせて出て来た。彼は会釈するとそのまま大通りに向かって行ってしまう。
拠点に入ると小さな木箱が宿舎の入り口横に置かれていて、その木箱にはキャスティとアウシェーヴィアの名前が書かれていた。
「二人の荷物か」
恐らくパールラクーンで所有していた物だろう。
その荷物はその場に残して俺は執務室に向かった。
神騎兵の新しい武器の事や、巨大芋虫を撃退する方法など、いくつもの事柄について考えなければならなかったが、その前に旅団の収支報告を纏めなければならなかった。
……いつからこんなにも忙しく働き続ける事になってしまったのか。
それはたぶん、旅団を立ち上げるよう火の神ミーナヴァルズに言われた時からだろう。
冒険をしていた頃も忙しいと言えば忙しかったが、休みはゆっくりと過ごしたり、あるいは錬金鍛冶の研究をしたりと、割と自由気ままにしていた。
「ふぅ」
なんだか疲れた……
俺は気づかぬうちに、机に倒れ込むようにして意識を失った。
なんだか頬に柔らかい物が当たっていて、それが膨らんだり縮んだりしているのを感じる。
そして誰かが筆記している静かな音が聞こえていた。
「ああ……寝ていたか」
目を覚ますと、顔の横にはライムが寄り添っていて、彼女も寝息を立てて丸まっていた。
「起きましたの」
前の席に座って作業しているのはレーチェだった。彼女はちらりとこちらを見たが、すぐに手元の紙を見て帳面に記帳している。
「ああ、悪い。数字を眺めていたら眠くなってきたんだ」
「構いませんわ。経理の作業は私の担当ですし」
俺は自分の手を枕にして突っ伏していた為、手の甲に赤い跡が付いていた。
ライムは俺の腕と顔の間に体を入れ、まだ寝息を立てている。
「あなたから戴いた指輪の効果で、盾の扱いが簡単になりましたわ」
「防御しても重さが半減した?」
「それに盾で白銀騎士を打ち据えた時、かなりの衝撃を与えたようで、後方に下がって膝を突いていましたわ」
「それは何より」
「お陰で苦労せずに目的を達成し、早めに冒険を切り上げて戻って来られました」
盾による打撃の衝撃効果が増加し、麻痺効果が発生しやすくなったのだ。本来は盾に付与する物だが、装飾品にも付与させる事が出来る。
「それよりもあなた、働き過ぎではありません?」
「そうかも」
俺はそう言いながら「ふわぁ」と欠伸をする。
「少し休養を取った方がよろしいかもしれませんわね」
「う──ん、しかし、徒弟に魔法の武器を造る手伝いをしたり、管理局の依頼もある。それに神騎兵の事も……」
そう言うと、彼女は「はぁ」と溜め息を吐き、諦めたように言った。
「まあ、あなたの力を頼りたい人が多いのは理解しますが、あまり無理をしませんように。リトキスさんも仰っていましたわよ。団長の顔色が優れないので、休養を取るよう伝えてくれ、と」
「そうかぁ……」
俺は白い猫の上下する体に手を添えながら、窓の外を見る。
日差しは朱み掛かり、夜が迫ってきていた。そろそろ食事の時間だろうか。
「終わりましたわ」
「え、食事が?」
「違います、帳簿の記入が終わったんですわ」
そっちか、俺はそう呟きながら眉間を軽く摘む。
レーチェは心配そうな顔をして「本当に大丈夫ですの」と言ってくる。
「そうだな……たまにはのんびりするよ。レーチェも訓練や冒険には行かず、休みを取れよ」
「分かっていますわ」
彼女はそう言うと静かに立ち上がった。




