夜の海辺で
しばらくすると自転車の動きに慣れたレーチェが周囲を見て言った。
「かなりの速さで移動しているみたいですわ」
「そうだな、けど高速馬車よりは遅いと思うぞ。ビビりのレーチェを乗せているから、安全運転でな」
静かな音を立てて走り続ける自転車。
道はぜんぜんでこぼこしていないので快適に走れた。
それに道は一直線に延びており、街の門を抜けてからもずっと真っ直ぐに、目的地へ向かって進んでいるのだ。
「この乗り物があれば、気軽に出掛けられますわね」
「個人所有の自転車か? それだと事故も増えるから、交通規則を決めないとだな」
しばらくすると十字路が見えてきた。
斜めに延びる道と真っ直ぐに進む道。俺は西海の大地があるペルム村へと向かう道に曲がって行く。
荷台に乗っていたレーチェも、曲がる時に体重を自然と移動させ、自転車の挙動に合わせる事が出来ていた。
畑の間を抜けているのだろう。暗がりで分からないが、小川に設置された水車が回る音が聞こえ、ばしゃばしゃといった水音と、水車小屋の中で動いている機械が、ごとんごとんと何かを動かしているのが聴こえた。
「そろそろ着くかな?」
「え、もう着くんですの? 歩くよりもずっと速いのですね」
「そりゃそうさ。もっと改良すれば、速度を上げたり下げたりする機能だって付けられるぞ」
「それがあなたの居た世界では、普通だったのですね」
「……まあね」
などと話していると、段々と道の近くに木々が生えている場所が増えてきた。
大地の縁近くまで来たのだ。
やがてペルム村に向かう道と、西海に向かう三叉路にぶつかった。俺は看板が示す通りに西海の大地に向かって自転車を進める。
大地の端まで来ると、そこには工場などが以前来た時よりも増加しているようだった。
漁業関係者の宿泊施設なども建てられたのだろう。
俺は道の近くにある建物の陰に自転車を止め、鍵を抜いた。
レーチェは発光結晶の入った小さな灯明装置を取り出し、それを手から下げていた。
「そんなのを持っていたのか」
「発光結晶の指輪より長持ちしますので、冒険にはこれも持っていると便利ですわ。──なんでもベィンツという少年錬金術師が作ったとか」
「ほう」
あの少年か……
冒険者の為に、精力的に新しい道具を作り出しているようだ。
「俺も負けてはいられないな」
「あなたはこのような道具よりも、魔法の武具を作る方が忙しいんじゃありません?」
「いや、そんなに作製依頼は入らないな。何しろ必要な材料が高価な上に、失敗する可能性もある。製作費も通常武器より高額だからな」
「そうなんですの? 私がご一緒した別の旅団の方々は、魔法の武器を作りたいからオーディス団長に頼もうかと思っている、と言っていたので」
「それはお前と話したい口実だろう」
「話したい? なぜですの」
「なぜって、そりゃお前……」
男心の分からん奴だ。
俺は溜め息を吐くと「いいから行こう」と、吊り橋を渡って西海の大地に向かって行った。
混沌の谷を通過し、海の匂いがする大地に入ると、気温も少しばかり暖かく感じられた。
「海の音が……」
レーチェが呟くのが背後から聞こえた。
夜の海の音。それはまるで暗闇から響く静かな脈動のようだ。
ざざ──ぁ
ざざ──ぁ
砂浜に打ち寄せる波の音に引き寄せられるようにして、俺達は暗い海の側までやって来た。
「暗い海は少し不気味ですわね」
「海には色々な顔があるからな。豊富な海の幸を与えてくれる側面と、海の底に飲み込んでしまう危険な側面と。穏やかな海と荒々しい海。こちらの海はあまり危険な側面はないらしいが」
ふぅん、とレーチェは暗い海を見つめながら言った。
「それで、この暗い海を見せたかったんですの?」
ひゅぅ──と、海から吹きつけてきた風に髪を撫でられ、それを手で押さえるレーチェ。
銀色の月火が煌々と光を降り注ぐ中で、彼女の美しい金髪がきらきらと光を放っているかのように見えた。
「いやいや、暗い海を見に来たんじゃない」
俺はそう言うと靴と靴下を脱ぎ、波打ち際に向かって歩き出す。
レーチェが何か声を掛けてきたが、俺はそれを無視して心の中で呼び掛けた。
(エウシュアットア様。どうか俺の声を聴き届けてください。青く輝く波を見にやって参りました)
海の中に手を入れたまま何度も念じ、海の神が俺の呼び掛けに応えてくれるまで、波打ち際に屈み込んでいた。




