道場と剣士の為に
俺はさらに踏み込む事にした。
「最近管理局は旅団に対しても様々な取り組みをしており、多くの旅団の内部活動(訓練)を統合して、個人個人の才能を伸ばす為の計画を立てています。
その中には各都市にある道場も含まれており、これからの道場のあり方も、より冒険者と密接に繋がったものに変わるとの事でした。
そして管理局は『刃閃流剣術』師範の容態を知り、次の師範代の候補者を選定しているそうです。もし万が一の事が起きてもいいようにと」
管理局も刃閃流剣術の道場を残そうと必死なのだと聞かされたベンデルは、反論する気持ちを萎えさせていた。
彼にとって管理局とは、その背後に多くの人と神々の意思がある、重要な組織だという認識であるようだ。
「そうか……管理局も道場の事を気にかけてくれていたのか」
力なくそう言葉を発した老人だったが、その目はどこかほっとした様子で、テーブルの上に置かれた茶碗を見つめていた。
「自分も錬金鍛冶師を務める者として、後継を残すように日頃から考えています。それは重要な事です。私個人の問題として重要なのではなく、世界にとって、フォロスハートにとって重要な事なのです。
技術というのは、それを磨いてきた職人の死で消えてなくなるのではありません。次の世代に受け継がせ、繋げる事の出来るものだから。
ベンデルさんがすべき事は、自分の築き上げてきたものを次の世代に託す事です。それはあなたが先代から受け継いだものを後継に繋ぐという、あなたにしか出来ない仕事なのです」
俺の言葉を耳にして、老人は初めて口元を綻ばせた。
「いや、騒がせてすまなかった」
ベンデルは神妙な顔をして頭を下げた。
顔を上げた時、彼の表情はどこか生気を取り戻したかのように、晴れ晴れとした顔つきをしていた。
「エウラ」
「はい」
「この旅団で、元気にやれているのか?」
「はい。──多くの仲間が支えてくれますので」
エウラが真っ直ぐに彼の目を見て言うと、老人は「そうか」と呟き、茶碗に入ったお茶を口にした。
「それでは私はお暇しよう」
立ち上がろうとした老人はよろめき、弟子に腕を支えられた。
エウラも立ち上がって叔父に手を貸そうとしたが、ベンデルは手を挙げてそれを断る。
「エウラ──今まで厳しく当たり、すまなかった。私はおまえにも、おまえの兄にも辛く当たってしまったな。
だがそれも、おまえ達にいずれは道場を受け継いでもらいたくて……」
そこまで言うと、彼は首を振った。
「いや、私は不出来な男だったようだ。剣士としても一人の人間としても、まだまだ未熟だった。
エウラ、おまえはこの旅団でがんばりなさい」
老人はそう言いおいて、宿舎を後にしたのだった。
「お手間を取らせて申し訳ありませんでした」
エウラは俺とレーチェに頭を下げた。
「いいさ」
「道場の方は管理局が、きっとなんとかしてくれますわ」
「……そうですね」
弱々しい笑みを見せたエウラ。
彼女は叔父に対する様々な感情があっただろう。しかし病で衰弱した彼を見て、それらを忘れようとしているように見えた。
彼女の兄であり俺の友人でもあったエルグも、寄る年波で弱っているベンデルを見たら、厳しい態度を捨てて憐れむ気持ちになっていただろうか。
エルグにとって「刃閃流剣術」の剣の技は、冒険での戦いを潜り抜ける技術として役に立っていたはずで、剣術を教えてくれた道場にはそれなりの想いを持っている様子だった。
いつだったかエルグの訓練を見せてもらった事があった。
周囲に蝋燭を立てた燭台を数台置き、剣を一閃させると、斜め前から斜め後方までの蝋燭の先端だけを切断し、剣の腹に火のついたままの蝋燭の先を乗せていた。
広範囲を剣の一振りで薙ぎ払い、周囲の敵を斬る剣の技は、刀での居合い切りを思わせるものだった。
洗練された技を会得するには地道な基礎訓練が必要であり、それを体験できる場所が道場なのだ。
そこで培ったもので戦い、エルグはシャルファーでも指折りの冒険者となった。
それほどの剣士を育てられる剣術道場を、このまま衰退させるはずがない。シャルファーの管理局だけでなく、そこに住む冒険者はもちろん、市民だって道場の存続を望むだろう。
優れた技術の継承は、全ての人々の暮らしに関わる問題なのだから。




