管理局が把握している「刃閃流剣術」の事情
管理局の技術棟に入るとメリッサの居る執務室に向かった。もはや堂々と、ずかずかと、遠慮なしに廊下を歩いている。
彼女が居るであろう部屋のドアを叩くと、中から事務員らしい女がすぐに顔を出してきたが、たぶん部屋を出ようとしているところだったのだろう。
女は一瞬、怪訝な顔をしたが、室内から「オーディスワイアさん。どうぞ」とメリッサが声を掛けると、ドアを開放して事務員の女も「どうぞ」と口にした。
「よお」
と言いながら堅い紙で作った簡易書類鞄を持ち上げる。
「それは?」
「いくつかの書類を入れてあるんだよ。ほら、神騎兵の兵器とか、そんな物に関するざっくりとした素案について」
俺はそれを机に放った。
「それと、聞きたい事もあってな」
「なんですか?」
メリッサはにこにこと厚紙の鞄から数枚の紙束を取り出し、中身に目を通している。
「刃閃流剣術の道場について知っているか?」
「刃閃流……シャルファーにある剣の修練場ですね。ミスランの管理局は各都市の管理局の中枢ですからね。あらゆる情報が入っていますよ」
「そこの師範であるベンデル・フィアネストについて何か情報はあるか?」
「フィアネスト──そうでしたね。あなたの旅団には、あの道場から離れた女性剣士が入団しているのでした」
「ああ。それで、彼女を道場の跡継ぎにしようと言って、ベンデルという老人がやって来たんだが……」
と事の顛末を伝えると、彼女は眉を顰めた。
「変ですね……私が聞いた話によると、ベンデルさんは温厚な方で、激怒するような類型の人物ではなさそうな話でしたが」
「現在の彼について、何か知っている事は?」
「どういう意味でしょうか」
彼女は俺の書いた書類から目を離して、こちらを見つめる。
「あの老人は病ではないのか、という事だ」
そう聞いた彼女は少し考え、机の上に置かれた送受信機の釦を押し、修練場関連の担当者を呼ぶように告げた。
「私よりも詳しい人を呼んだので、その人から聞いてください」
「分かった」
俺は部屋を出ると、その部屋の前で担当者が来るのを待った。
修練場のあり方から旅団との関連を模索している担当者は、道場の師範や門下生についても詳しく知っていた。
そして思っていたとおり、ベンデルはかなり重い病を患っているという事だった。余命は二ヶ月もないだろうと言われたらしい。
しかも、脳にも影響する病だという。
彼の突発的な感情の動き──強烈な悪意にも似た感情は、脳の働きが壊れ始めた為だろう。
認知症でも急に凶暴になって、暴れ出すような場合もある。
脳硬塞で倒れた人の性格が変わってしまった、というのもある。
彼は内気勁の力でなんとか存命と、自我の安定を保とうとしているのかもしれないが、それにも限界がきているようだった。
「残念だが末期の病気も、そこからくる悪意の発作も、治しようがない」
老化と死は避けられない生命の終末。
太陽にすら終焉があるのと同じく、あらゆる物事には終わりがつきものだ。
それを悲観していても仕方がない。
むしろそこまでどのように生きていくか。それに尽きるだろう。
そういう意味ではベンデルには、心残りがあるようだ。
せめてそれを払拭する事が出来ればいいのだが。
エウラとの話し合いの中でそれを解決出来るかは不明だが、俺も団長としての役目を果たそうと思った。
しばらくするとエウラやレーチェらが冒険から帰って来た。
そして遠征に出ていたリトキスやカムイ達もミスランに戻って来たのだった。
「ただいま戻りました」とリトキスが声を掛けてきた。
「おう」
「手に入れた素材や武装も荷車で届けてもらいました」
と、玄関先に置かれた麻袋と布袋を見せてくる。かなり大量の素材を持って帰って来たようだ。
「ご苦労さん」
若手達が訓練を止め、荷物を宿舎の中に運び入れている。
カムイにレンネル、ユナやメイも率先して荷物を運んでいた。
「皆いい経験になったようだな」
カムイもユナも自信をつけたような、そんな表情に見えた。──メイは相変わらず無表情で、レンネルは常に冷静さを表したような顔をしているので変化が感じられない。
「少しは何か得られるものがあったか?」
レンネルに尋ねると、少年らしい笑顔を見せる。
「もちろんです。久し振りの地元での冒険でしたから。あの頃に比べ、自分はかなり成長したと感じましたよ。
それに最近知ったんですが、水属性の魔法を習得できるようになったんです」
「へえっ、そいつはスゴい。才能が開花したって事か」
「これで風と水の二つの属性魔法が使えます。──まあ、どちらも初歩的な攻撃魔法しか使えませんが」
まだね、という感じで苦笑いするレンネル。
そういえば魔法の剣を造ってやる予定だった。
「風と水ね」と俺は確認を取ってその場を去った。




