クラレンス南東部領へ
朝食を終えると自室へと戻り、着替えてから荷物を手にして、玄関の前でレーチェと落ち合った。
子猫達は食堂から部屋までついて来る事はなく、階段横の空間でじゃれ合いを始めていた。
着替えた一張羅は落ち着いた色合いの上着に外套。正装としても着られる青に近い色の灰色のズボンで纏めた。
「あら、そういった装いもされるのですね」
「まあ、あまり普段は着ないがな」
見慣れない格好をしていた為か、冒険に出向く仲間達や猫達にじろじろと見られてしまう。
居心地の悪い感じを抱いたまま、馬車の停車する停留所に向かった。
馬車はリーファが押さえていてくれた。どうやら主人と共にクラレンスに戻るようだ。彼女がレーチェの専属侍女であった事を忘れそうになるが、二人がこうして並んでいると、何故だか二人と会ったばかりの頃を思い出してきた。
クラレンス南東部に向かう客も少なく、ゆったりとした気持ちで馬車に揺られながら、レーチェの治めているという領地に入った。
周囲は畑の他に自然も多い環境で、まだ未開拓の土地も多い場所だった。
建物もぽつんぽつんと見かけるが、大きな集落はほとんどなく、森の方が多いくらいだ。
しばらくすると石の壁に囲まれた町が見えてきたが、規模は大きくなく、壁の高さも三メートルあるかないか程度の物だった。
「ここが私の治める領地。そして唯一の町ですわ」
「町の名前とか聞いた事がないな」
そもそも冒険者は農地などに来る事がないので、町がある事すら耳にした覚えがない。
「名前らしいものは付いていませんの。──領民の中には『泉横の丘』などと呼んでいるそうですが」
「もうその名前を町の門に掲げてしまえ」
「それもいいかもしれません」
そんな会話をしながら町の中へと入って行く。
馬車が小さな停留所に止まると、俺達は石畳の道に降り立つ。
そこは小さな家が建ち並ぶ、小さな町だった。
一階建ての建物が多く、大きな建物は倉庫のようだ。
二階建ての家がある辺りまで歩いて来ると、レーチェは一軒の大きな建物の前に俺を導いた。そこが地主としての邸宅なのだろう。
石の壁に囲まれた敷地はこの町の中では一番大きな物かもしれないが、余所の街ではそこまで大きな建物ではない。
装飾もほとんどなく、地味な見た目をした造りだった。
門の横にある扉から敷地内に入ると、レーチェは建物の中に入って行く。俺は彼女の後について行き、邸宅の中に入った。
「誰か、誰か居ませんか」
レーチェがそう呼び掛けると、ぱたぱたと軽やかな音を立てて侍女が飛ぶようにやって来た。
「まあ、お嬢様。お久し振りでございます」
四十代くらいの細身の侍女は丁寧にお辞儀し、にっこりと微笑んだ。
「マァテル、お嬢様は止めてください」
どうやらレーチェとは少し歳の離れた姉のような存在らしく、どこか親しげに言葉を交わしていた。
「こちらはマァテル。この屋敷の侍女ですわ」
「マァテルと言います」
侍女はそう言って頭を下げ、どこか値踏みするように俺の爪先から頭まで、視線をさっと流してきた。
「お噂はかねがね……。おじょ──レーチェ様の旅団の団長様でらっしゃいますね?」
「ああ、よろしく。オーディスワイアと言います」
こんな感じで簡単な挨拶をし、レーチェは執事のグーフはどこかと尋ねていた。
「こちらに居ますよ」
廊下の先から男がやって来た。六十代くらいだろうか。細身で小柄な、落ち着いた雰囲気をした初老の紳士といった風貌の執事が現れた。
グーフは東南部領地の管理を受け持つ管理官役でもあり、レーチェの信頼も厚い男のようだ。
リーファは荷物を持って二階へと上がって行く。先にレーチェの荷物を部屋に置き、屋敷の手伝いをする気でいる様子だ。
「あなたは休憩していなさい」と、マァテルに止められていたが。──たぶんリーファに侍女としての教育をした人物の一人なのだろうと思われた。




