表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
錬金鍛冶師の冒険のその後 ー冒険を辞めた男が冒険者達の旅団を立ち上げ仲間の為に身を砕いて働くお話ー  作者: 荒野ヒロ
第十章 愛する者のために

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

534/585

就寝前にレーチェと

言わなければ伝わりません。

思うだけでは何も成せない。

 風呂場から出て自室に戻ると、眠る前に机に向かって錬金術に関する研究について書き記す。

 けれどもそうした作業がなかなか手に付かず、髪を乾かしながら、新しい乾燥器ドライヤーを作れないかと考えたりして眠気を待った。


「……眠くならないな」

 温まった体が冷えていくと、人は睡眠しやすい状態になるはずなのだが。

 窓を開けて外気を入れようかと考え窓に近づくと、表に誰かが居る気配がした。窓幕カーテンの隅から覗いたが、誰かが訓練をしているようだ。一人で木剣を振るっている音がする。

 体の冷やし方が足らないのかと思い、自分も外に出てみようと部屋を出た。

 いったい誰が深夜になる時間に訓練をしているのかと、それを確認したい気持ちにもなっていた。


 玄関に行くと、靴を履いている俺に白猫のライムが声を掛けてきた。彼女は子猫達に寄り添って横になっていたが、巣箱から出て来て「どこへ行くのか」とでも言うように「ニャァ~」と鳴いた。

「ちょっと外に出るだけだよ」

 そう言うと母猫は大きな欠伸あくびをして、巣箱に戻って行った。



 玄関から表に出ると、暗闇の中に一つの明かりがぽつんと、地面の上に置かれていた。

 その淡い角灯ランタンの明かりのそばで、金色の髪が揺らめいては闇の中に消えてゆく。

 レーチェだった。

 木剣と盾を手にした彼女が、地面に置かれた角灯の周囲を忍び足で回りつつ、剣を振り、盾で見えない攻撃を防御していた。

 静かだが、かなり真に迫った様子で、一つ一つの動作に重さや鋭さを感じる。

 そこへ近づいて行くと、彼女はこちらに気づき、ゆっくりと呼吸を整えていた。


「あら、オーディスさん。どうしました?」

「それはこっちの台詞せりふだ。真夜中だぞ」

「なんだか眠れなくて」

「そうか」

 そう言って暗い空を見上げると、レーチェは「ふふっ」と小さく笑った。

「どした?」

「いえ……自分でもよく分からなかったのですが。たぶんあなたに負けて、悔しかったのでしょうね。それで寝付けなかったのです」

「そうか」


 俺はなんとなく眠気を感じてきた。

 レーチェと言葉を交わし、安心したのかもしれない。

 なんだか非日常的な一日だったような感覚がある。


 彼女と決闘をし、告白をし、明日には彼女の両親に会いに行くという、その全てが。──もしかして朝起きたら、全部夢だったというオチが待っているのでは? などという考えが頭をぎる。


「それに、やっぱり照れ臭いですわ。人から直接『恋人になってくれ』などと言われるのは」

 暗闇の中で、彼女が顔を赤らめたような気がした。

「……そうだな」

 自分もやっと気がついた。

 俺が一日、謎の浮遊感の中に居て、落ち着かない気持ちでいた理由に。



 

 自分の本心を見せるという行為。そこに落ち着かない気持ちになる理由があったのだ。

 好きな相手に自分の隠していた想いを告げる事。それは別に不純な行為という訳ではない。

 しかし、それを大っぴらに出来ないのは、必ずしも自分の想いが相手に届くとは限らないからだ。


 もしかしたらこの想いは、相手にとって迷惑かもしれない。断られるかもしれない。そんな風に良からぬ結果になる事を想像して、その不安な想いはどんどん積み重なってしまう。

 切り出せない想いは、時間と共にどんどん重く、大きくなってしまう。

 けれども口に出して言わなければ、決して相手には伝わらないのだ。

 勇気を出して伝えなければ。


 断られるかもしれない。

 傷つくかもしれない。


 そんな想いと闘って、自分の中にしまい込んでいた想いを言葉にする。

 それが気恥ずかしいのだ。

 隠していた想いが相手に知られるという、自分の内面をさらけ出すという行為。

 相手への想いを隠してしまうのは、その想いが真剣なものだからだ。


 どうしようもなく孤独で、純粋な気持ち。

 それが大切な想いでなくてなんなのか。

 たった一つの、この世でたった一つの──特別な想い。

 そこから生まれる感情は、自分というものをとても小さく感じさせる。


 想い人の前では上手くしゃべれなくなったり、思っていたのと違う言葉を口にしてしまったり。自分自身でも制御できない気持ちを胸にした時に、人は初めて特別な階段を上ろうとするのかもしれない。

 自分の為だけでなく、自分と関わる誰かと共に生きようとする、ごく自然な感情。

 その秘めた想いと自分自身がぶつかった時に、大人への道に踏み出すのだ。




「思えば遠くまで来たもんだ」

 まさか告白する相手が、自分の生まれた世界とは違う世界の女になろうとは。

 異性と付き合った事はあったが、自分から告白したのは初めてだった。それもまた気恥ずかしさの理由だろう。


「なんですか、遠くまで来たって」

「世界を越えて、お前に会いに来たって事さ」

 俺は恥ずかしさを受け入れて、自分から気障きざ台詞せりふを口にしてみた。


 二人の間を静寂せいじゃくが包み込む。

 離れた場所にある樹木の枝を揺らす風の音が聞こえた。


「……我ながら恥ずかしくなってきた」

「──そうですわね」

 なぜか彼女もそう言っていた。

 その声に、何やら固いものが含まれているな──、そんな風に感じていたら、レーチェはすぅっと俺の側に寄って来て、頬に口づけをした。

「それでは、おやすみなさい」

 そう言うと彼女は、宿舎の方に駆け足で戻って行ったのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ