レーチェの治める領地と岩巨人
日曜日ではなく早めに投稿します。
ミスランへ帰る馬車の中で、俺とレーチェは管理局や自分達の旅団について話していた。その話の流れでふと、気になっていた事を彼女に尋ねてみる。
「エウラについて何か気づいた事はあるか?」
「エウラ──さん? そうですわね、いつからか剣気の技術を伸ばそうと積極的に冒険に出ていましたが、最近は何やら悩みがあるように見受けられましたわ」
「悩みか──、聞いてみたか?」
「ええ、もちろん」
しかし、彼女の返答は「なんでもありません」だったそうだ。
「悩みがあるなら相談に乗ると伝えておきましたが」
レーチェもエウラの変化に気づいていたなら、俺の杞憂という事はないだろう。エウラにはなんらかの想いがあるようだが、彼女から悩みなりなんなりを打ち明けてくるまで待つしかなさそうだ。
ゲーシオンから戻って来ると、宿舎の門の上にまたライムが座り込んでいた。
まるでその姿は、玄関で誰かが帰って来るのを待っているみたいに見える。
パンを入れた麻袋を手に戻った俺とレーチェを見ると、白い猫は大きな欠伸をして俺達を迎えてくれた。
「またこの子は……、いったいどこから抜け出してきているのでしょうか」
レーチェが言うと、ライムは後ろ足で耳の辺りを掻き、首輪に付いた鈴をチリンチリンと鳴らす。
玄関を開けて中に入ると、庭で静かに訓練を続けてる仲間の姿が見えた。今日は人数が少なく、六名の新人とレオシェルドの姿しかない。
レオは一人一人を相手にゆっくりとした動作で説明し、相手の攻撃に対する反撃のやり方を説明していた。
レーチェは宿舎に入ると、玄関横にある黒板に「ゲーシオンに遠征拠点を購入した」というお知らせを書いて、そこにゲーシオンの地図を張り付ける。
「それにしても大きな買い物をしてしまいましたね」
「そうか? この宿舎を買ったり隣の家を買ったりと、旅団を立ち上げてからというもの、何度かあったと思うが」
「ミスラン以外の土地の購入は初めての事ですから」
「確かに。──他の都市にも遠征拠点を置けるように頑張らないとな。団員にも言っておこう」
「そうですわね」
俺達は取り敢えず、ゲーシオンで買って来たパンなどの食料品を食料庫と調理場の方に持って行った。
「そうでした。明日は少しウィンデリア領に戻らなくてはいけませんの」
レーチェはパン保存用の箱に買って来たパンを入れ終えると言った。
「そうなのか。それで今日中に内見に行こうと言ったのか」
「まあそれもあります」
「で、クラレンスの街で何か問題でも?」
「私が治めている小さな領地で、新しい農産物の播種について話し合いがありますの」
「ああ、春に畑に蒔く種の種類を決めたりするのか」
「ええ」と、彼女は感慨深そうに少し微笑む。
クラレンスを中心にした広大な領地を治めるウィンデリア家。その領地の一部を管理統括するレーチェだが、冒険者になる事を宣言してからは、領地の管理を父親と妹。そして優秀な執事に多くの作業を任せているらしい。
領地に関してもそうだが、彼女は実家の話をしたがらないので、ウィンデリア家の実状についてはよく分からないのだ。
「領主として新しい事業には顔を出さないと、という訳か」
「農産物の生育について領主としても知っておかなければなりませんし。それに、何かあった時の補償についても確認しておく必要があります」
「万が一、農産物が実らなかったら……とかか」
「試験的に行った畑からは収穫があったので、大丈夫だとは思いますが。連作障害などにも注意を払っていますし」
「土の性質にも気をつけているんだよな? 俺が冒険者をやっていた頃、何度か『岩巨人』を討伐して、その残骸を管理局に買い取らせたもんだ」
「ああ、石灰岩の岩巨人ですか。──そうですわね。石灰岩から作った灰を畑に撒いて、土と混ぜ合わせるのですわ」
──岩巨人の体は石灰岩とは限らないが。
管理局は石灰岩を冒険者から買い入れ、農地に使う消石灰や苦土石灰を作っているのだ。
管理局の農業政策書には「土の酸性」とか、「アルカリ性」とかの文言が書かれていた訳ではないが、土の状態について書かれ、作物の育成に適した状態への土作りが書いてあった。
「不純土」とか「純土」とか書かれていたかな?(ベギルが良くない土の状態。アキルが作物を育てるのに適した状態。くらいの認識)
畑というのは作物を育てる度に、土の性質が酸性になっていくものらしい。そこにアルカリ性の石灰を加えて酸性を中和し、作物を育てられる状態にするのが重要になる。
養分が流れてしまったり、作物が病気になり易くなってしまうらしい。
酸性でもアルカリ性でも、どちらに傾き過ぎても良くない。もちろん育てる作物によってその数値は変化する。──畑仕事は大変なのだ──
「そういえばレーチェの領主の仕事についても、リーティスの事も、あまり聞いた事がないな。なんでだ?」
「それは……」
レーチェがあまりに実家の事を話さないので何かあるのかと思っていたが、彼女の反応を見ると、何か言い難い事情があるようだ。
俺が答えを待っていると、彼女は数秒言おうか言うまいか悩んだ末。
「そうですわね……いつか──いえ、あなたが今度の決闘で私に勝てたなら、家族について話さないでいた理由についてお教え致しますわ」
と言ったのだった。
雨がそれほど降らないフォロスハートでは雨による土壌の酸性化は少なそう。




