混沌吸着結晶の研究
研究者の中には、俺の説明した言葉をなんとなく正しいと感じてくれる者が二人居た。彼らも魔法による解析の中で、混沌が外部からの統御に対する反発をしたみたいに感じたようだ。
その他の意見には混沌が反発したのではなく、むしろ混沌の中の無秩序に対して配列するような手を加えた事で、ただ純粋に自己の状態を維持出来なくなり、消滅したのではないか。といった意見が出された。
「確かに。その意見は正しいかもしれません」
俺はその研究員の言葉に頷いた。
「混沌が様々な物や現象を取り組んでいるのは間違いないでしょう。それが奴らの不定形で無秩序な状態を──」
「いや、それならば」と、年輩の研究員が口を挟む。
「転移門先の混沌に支配された世界はどうなる?
奴らは確かにおかしな理屈で活動していると思われるが。──何度も同じ物体を作り出したり、あるいは人型の戦士の姿をした敵を出現させる。
それは一定の秩序、法則に倣ったものを生み出しているという事になる」
そこから研究員の間でも討論が交わされ、今見た実験結果について、ああでもないこうでもないと、いくつもの見解が示された。
「混沌には様々な側面があるという事でしょう。少なくとも転移門先の事象については今は触れない事にして、吸着結晶が何に対して反応し、周囲の物を巻き込んで消滅するかについて考えましょう」
メリッサの言葉に俺達は黙って頷き、解析で分かった事を黒板に記し始めた。
その後も同様の実験を何度か行い、濃度の異なる吸着結晶を用いて、その結果の違いを調べようとする。
実験の結果、属性力に限らず魔力などの外部の力が、混沌吸着結晶の内部にある力からなんらかのものを取り出そうとしたり、あるいは構造の変更を行おうとすると、自壊する事が分かってきた。
要は無理矢理こちらからなんらかの力を引き出そうとしたり、内部の無秩序に秩序を与えようとすると消滅するのだ。
今回は混沌多色(金緑)玉石を使用したが、別に魔法やその他の技術であっても吸着結晶内の混沌に干渉すれば、あの爆発を起こすはずだ。
あの爆発はまさに空間を削り取るみたいな、周囲の物を空間ごと消し去る虚無の発生とでも言えるものだと、研究員が興奮した様子で説明する。
俺は今回の実験について、ある考えを述べる事にした。
「なぜ人の脳に溜まり、そこから結晶の中に閉じ込められた混沌がこんな反応をするのかは分かりませんが。この──『混沌の操作』とでも言える技術を発展させれば、混沌の海からなんらかの活動力が得られるかもしれない、俺はそう考えています」
そう口にすると、中年の研究員は「とんでもない」とでも言うみたいに頭を振り、声を荒げた。
「まさか! 君は何を言っているのか分かっているのか⁉ もし混沌の海が、あの巨大な海が今見たような反応をしてみろ。どのような消滅が起こるか分かったものではない!」
そうした言葉が研究員の口から放たれると、研究員達はそれぞれが意見を口にして、侃々諤々の議論があちらこちらで起こったのだった。
「いいえ、この『消滅』の現象にはなんらかの活動力が隠れていると僕は思います。オーディスワイアさんの意見に僕は賛同します。もし混沌から活動力を引き出せれば、有効活用できるはずです」
「しかし、その実験には危険が伴うじゃないか」
「混沌自体が危険なものなんです。危険を恐れていては、何も出来ない!」
彼らの言う事はそれぞれもっともな事で、混沌そのものに対して同様な結果が起こるとは限らないが、フォロスハートを取り巻く混沌がなんらかの反応を示した時、場合によってはフォロスハートは破滅を迎える可能性もある。
この混沌への干渉という研究については、よほど慎重に取り組まなければならない問題だろう。
しかし俺は、混沌には「自壊」以外の反応があると確信していた。
そして上手くいけば、そこから活動力を取り出せるはずなのだ。
「あなた方の言う事はそれぞれもっともな意見です。だからこそこの研究をする人物は、よほど慎重に、求める研究の成果だけを注視するのではなく。そこから生まれる可能性のある危険な反応についても想像し、危険を回避しながら実験を行える人物でなければならないでしょう」
研究員達はざわめいた。
そんな困難な研究は初めてだと言うように。
「それには高度な鑑定魔法──解析魔法の技術が必要です。まずはなんとかして混沌の一部だけを取り出し、それを実験素材として扱えるようになれば。そんな風に考えています」
「あの混沌の海から一部だけを回収する、という事ですね? ──それならもう取り組んでいます」
若い研究員が説明を始めた。
「実は聖銀鉄鋼で作った器に特殊な加工をして混沌の海に落とし、それを引き上げると、器の中に混沌の気体と液体とも思える物が取り出せるのです」
話を聞くと、聖銀鉄鋼の表面に混沌灰を溶かし、釉薬の様に塗った器に純水を入れ、それを混沌の海に下ろしたところ、混沌の溶液みたいな物が入っていたのだと言う。
今は回収したそれに混沌灰から作った蓋をして、厳重に管理しつつ、解析を行っている最中だと説明された。
「ならそうやって回収した混沌溶液? を使って実験をしつつ、なんとか活動力を分離できないか工夫してほしい」
研究員達が議論を始めたので、俺はメリッサに頼んでその混沌溶液を見せてもらった。
それは溶媒の中に取り込まれた混沌であるらしく、半透明な水の膜の中に黒い物が不規則に動き回っている異様な物だった。
混沌の海から分離させられたそれは、溶媒の中に閉じ込められた小さな混沌で、黒い闇の中に暗色の青や赤や紫がゆらゆらと揺れている。
「まるで生きているみたいだ」
それは無数の微生物の集合体を思わせる暗色の脈動を繰り返し、見ている俺の気分を悪くさせるに十分な、異様極まりない物質だった。




