ラホルスの庭
通路を通って行くと、通路の先に光が溢れているのが見えた。どうやら外に繋がる出口らしい。
「広く見えたが、それほど神殿は大きくないのかな?」
大きな猛禽類は暗い通路の中をぴょんぴょんと跳び跳ねながら、石の床を歩いて行く。
出口から神殿の外に出たと思ったが、そこは神殿の中庭にあたる場所だった。旅団の庭くらいの広さがある中庭。
芝生と灌木の植えられた場所の先に規則正しく植えられた人工樹林があり、その先に別の建物が見えていた。
隼に似た大きな鳥が飛び去って行った。
それはあっと言う間に遠くの空に消えて行き、俺は中庭に取り残されてしまう。
すると奥にある林の間から人が歩いて来るのが見えた。
それは緑色の法服を着た──鳥の頭を持つ男。
たぶん以前うちの店に来た、人間形態のラホルスだ。
てくてくと近づいて来たその男は、やはり猛禽類の特徴を持つ鳥の頭に、緑色の眼をした高身長の男だった。
「こうして会うのはずいぶん久し振りだな」
「お久し振りです」
「まあ座って話そうか」
そう言って中庭の隅に置かれたテーブルと椅子を指差す。
木製の白い椅子とテーブルに近づくと、俺達はその椅子に腰掛けた。
「ともかく無事で何よりだった」
「ご心配をおかけしました」
「なに──私の場合、お前がその身体から遊離してしまわぬよう、見守り続けるくらいしかしていないがな」
鳥の頭がじっとこちらを見つめている。
緊張しないようにと思っているが、その眼に見つめられると、お腹のあたりがきゅっとする。
俺の魂が身体から抜け出さないよう見守っていたと言う神の言葉は、きっと真実なのだろう。
庭の奥にある木々の間から白い建物の一部が見え、それを見ているとラホルスは、鳥の頭をぐるりと回して後方に視線を向ける。
「あっちにあるのは奥神殿だ。円形の建物中央部に私の本体がある」
円形の建物はまるで円形闘技場みたいに中が広場になっていて、そこに大きな鳥の躯をしたラホルスの実体があるんだろう。他の三神と同じように力を持つ本体は、一ヶ所に留まり続けているのだ。
「以前頂いた翡翠の指輪。エウラ・フィアネストが喜んでいました」
「ああ──本当は人の子に、神から特別な物を贈るのはまずいかもしれないが、彼女は兄を失ったばかり。そして別の都市で活動する事になったのだから──。彼女は元気にやっているかい?」
「ええ。──ただ、最近何か考え事をしているようなので、今度悩みがあるか尋ねてみようと思っているところです」
「うん。気に掛けてやってくれ。彼女は──いや、言うまい。そのうち分かるだろう」
と、神は意味深な言葉を口にする。
不思議な緊張感の中、冷たい風が俺の体を撫でていった。
「いや、すまないな。私はここでは籠の鳥なのだ。温かい飲み物でも出せればいいのだが、神官達も中庭に近づく事すらしない。──別に禁止にしているのではないんだが」
神官達が勝手に敷いた規範みたいなものが、風の神殿にはあるのだろう。
「いえ、大丈夫です。復調した事を直接お伝えしたかっただけなので。もう帰ります」
そう言いながら席を立つ。
「そうか、ではまた。だが、あまり無理をするなよ。お前はただでさえ忙しい身。何より副団長の事もある。──さっさと決めてしまえよ」
鳥頭の神様はいきなりぶち込んできた。
「まさか風の神様からそんな発言を聞く事になろうとは」
「ははははっ、まあそうだな……、これからのフォロスハートを背負っていく男の将来を共にできる女というと、そう多くはないだろうからな。
二人がくっつけばと──少なくとも私とウル=オギトは思っている」
鳥の顔には表情が無い為、神ラホルスが何を考えているのか、その声で判断するしかなかったが、きっと微笑んでいたのだ。
多くの人間の魂を見てきた神ラホルスに「フォロスハートを背負っていく男」などと評されてしまった。
神殿の入り口まで来ると、俺は振り返って庭の中央に立っているラホルスに頭を下げた。
彼は手を軽く上げて別れを告げ、奥神殿へと帰って行く。
美しい緑色の法服の背中には、金糸と銀糸で飾られた紋様が浮かび上がっていた。
ラホルスが神官達に避けられているのは、この神がフォロスハートの”死”に関わるという事が原因。
はっきりと誰もが理解している訳ではないですが、死者の魂を運ぶ役目を負っているという事は周知されています。




