西海の大地でエウシュマージアと
フレイマの神殿の敷地から出る時に、多くの市民や観光客とすれ違った。
火の神の姿──炎の大蛇──を見ようと、多くの人々が神殿の中へと入って行く。
俺は神殿前の環状交差路から馬車を探し、西海の大地に向かう馬車に乗った。
その馬車はペルムの村を通過して西海の大地まですぐに到着した。
大地の入り口前にはいくつかの建物があり、管理局の事務所的な物から、新たに建設されている工場の様な建物があった。かなりの大きさで、どうやら漁業で獲れた魚介類を集め、加工する為の設備を整えているようだ。
一部の魚は塩漬けにされ、魚醤などに加工されるのだろう。
これからは風味の違う魚醤や、魚介類を使った保存食など色々な物が増え、烏賊の塩辛なども手に入るかもしれない。
「馬鈴薯に付けて食べたりしてみるか」
気の早い俺はそんな妄想を逞しくしていた。
吊り橋を越えて西海の大地に入ると、潮の匂いがしてきた。
こちらの大地の気温も以前より少し下がり、波の音が少し大きなものに聞こえる。
砂浜を洗う音に混じって、子供達の楽しそうな声が聞こえた。──どうやら砂浜で貝を探したり、手製の竿で小魚を釣っているらしい。
俺は小さな島を海岸沿いに歩いて、エウシュマージアと接触できる方法を探していたが、離れた場所に青い大きな塊を見つけると、そちらに向かう。
それは青い大きな蟹──エウシュアットアだった。
その側には数人の武装した冒険者達も居て、何やら大蟹に祈りを捧げる様な動きをしている。
彼らが離れて行くと、その先に開けた場所があり、そこに青く塗られた転移門が一つ、ぽつんと設置されていた。
「おお、オーディスワイア。もう平気なのか」
青い蟹の神様はそう尋ねてきた。
「ええ、なんとか。まだ万全とは言えませんが、そろそろ鍛冶の方も復帰しようと考えているところです。……ところで、今の冒険者達は何をしていたんです?」
「ああ、あれか。あれは──」
エウシュアットアが躊躇っていると、その足下から小さな蛇が砂浜から顔を出す
「来たかオーディスワイア。──先ほどの冒険者達は、縁起を担ぎに来たのだろう。なんでも冒険者の間では、転移門を潜る前に青い蟹の神様に出会うと、冒険で多くの収穫を手に入れたり、幸運があるなどと言われているらしい」
「へえ。新しい縁起担ぎみたいなものですか」
「あまり地上に姿を現さない所為か、珍しく会う事が出来ると、それが幸運の兆しのように思うようだな」
「まあ冒険者は幸運という奴も味方に付けたいと思うものですから」
冒険者時代の気持ちを思うと、そうした想いになるのも分かる気がした。
冒険で目的を達成しても、毎回好成績がついて回る訳じゃない。──いまいちな結果に終わる事もある。
目的の獲物を狩ったとしても、欲しかった素材が手に入らないなんて事は、何十回と経験した。
幸運に恵まれた冒険者は、ちょっとした採掘や採取で貴重な素材を手に入れたり、滅多に出会わない希少な生物と遭遇したりする。
「なら俺も今日は、幸運に恵まれるかもしれませんね」
「だから、なんの根拠もないと言っているだろう」
青い蟹の神様は呆れ半分、困った気持ち半分といった感じで言う。
「それで、今日はどうした? エウシュマージアに会いに来たのか?」
「ええ、転移門先で力を発揮する台座を造って欲しいという事なので、その相談を」
青み持つ灰色の蛇が金色の眼を光らせ、長い舌を伸ばしながら頭を擡げた。
「おお、オーディスワイアよ。それでは頼みを聞いてくれるのだな」
「ええ、エウシュマージア様の力を付与した神結晶の台座を造れば、新たな可能性が得られると聞いては断れません。──まあ、まだ管理局と綿密な相談をしていないんですが、たぶん平気でしょう」
そう言って準備してきた神結晶を取り出す。
「これに力を付与してもらえますか」
「うむ」
「周囲の環境への干渉──つまり探索調査するような力と、そこで発見したものに干渉するような力を付与できれば……。もちろん細かい部分は台座の調整機構で対応しますが」
「分かった」
砂地に置いた神結晶を前に蛇が頭を近づけ、念を送るようにじっと動かなくなった。
きらきらとした光の粒が蛇の体から顔に伝わって行き、その鼻先から結晶の中に光が溶け込んで行く。
神結晶に宿った光が、結晶の表面に金色の光を映し出す。
「ありがとうございます。さっそくこれを核にした台座を造って──あ、まだ少し先になるかもしれませんが」
「ああ、知っている。副団長(レーチェ)との決闘があるのだろう?」
「なんだ? それは。仲間同士で決闘とは穏やかではないな」
エウシュマージアの言葉にエウシュアットアが声を上げる。
「いえいえ、形式的な闘いですよ。ただ──それに俺が勝てれば、レーチェとの交際を開始できるという約束が交わされているだけで」
「はははは……そうか。それはいいな。人は想う相手が居るだけで、強くも弱くもなるものだから」
青い蟹の神様は達観した様子でそう言った。




