レーチェさんは負けず嫌い
* * *の中の文章はレーチェと話す少し前の場面です。念のため。
夜。夕飯時になるとレーチェが宿舎に戻って来た。
「遅かったな。──心配したぞ」
「冒険に出ていた訳ではありませんわ」
「ああ、それは聞いている。ザハム武術道場に顔を出していたんだって?」
リーファと共にフレイマにある道場に行ったのだと聞かされたのはつい先ほど。食堂に向かっている時だった。
* * * * *
「レーチェの姿が無いな。どこに居るか知ってるか?」
「副団長は『ザハム武術道場』に行っているらしいね」
メイに尋ねると、リーファを連れてフレイマまで出掛けたのだと言う。
「へえ?」
「副団長がザハム武術道場で学びたい事があるとかで、一日だけの修業に行ったみたい」
「たった一日で強くなれるのか?」
「う──ん、普通なら無理。……だけど、副団長は元々、リーファと格闘の訓練をしていたわけだから、基礎はできていると思う。だから、一日だけでも一つくらい技を使えるようになるかもね」
メイは考えながらそう説明する。
「なんだっていまさら格闘技を学びに? 何か聞いているか?」
その問いに少女は首を横に振った。
「それは聞かなかった。──あ、だけど、団長と闘う予定があるとか言ってたよ。もしかして、そのために道場に行ったのかなぁ」
「ははぁ……」
俺はなんとなく察し、メイの横に居たユナからは、こんな言葉が漏れた。
「レーチェさんは、ああ見えて負けず嫌いだから」
俺とメイとユナは廊下でそう話し、笑いあったのだった。
* * * * *
「それで、道場で何か学べたのか?」
レーチェにそう問うと、彼女は「さあ」と返答して遠くを見るような目をする。
「ですが、私の求めるものを手にする事は出来たと思いますわ」
「へえぇ」
「明日からはその為の練習をするつもりですわ」
彼女の声には何か、決意に似た強い意志を感じる。
「それって、俺との闘いの為に必要なのか?」
「それもありますわね」
「そんなに負けたくないのかね……」
独り言のように呟くと、彼女は食堂の方に向かって歩き出す。
「簡単に負けては差し上げませんわよ。私が欲しかったら今度の闘いで、あなたの本気を見せてくださいな」
そう言ってそっぽを向くように廊下を歩いて行ってしまう。
俺はそんな彼女の背中を見て肩を竦めた。
「このお嬢様は根っからの冒険者気質なんだなぁ……」
その呟きに、背後から「ニャァ」という返事が聞こえた。
振り返ると廊下の真ん中にライムが座り込んでいる。
こちらを見ていた白い母猫は、ペロペロと前足を舐めると顔を洗い始めた。
前足で耳の後ろを掻いたり、顔をこすったり……
何か言いたそうな感じで彼女はそうしていたが、またこちらを見て「ニャァ」と鳴き声を上げると、階段横の住処に帰って行った。
「ライムは応援してくれているのかな?」
そう考える事にして、食堂で皆と食事を取る事にした。
食事は新入り達も手伝って用意された。
今日の料理はレオシェルドが中心になって作ったらしい。
粉物と肉料理が多い気がするのは気の所為だろうか……
そんな事を思いながら食事を食べ終えて、紅茶で一服していると、レーチェが唐突に言った。
「一週間後ですけど、準備はよろしいの?」
「一週間……?」
「私との決闘ですわ」
「ああ──」
正直言うと、訓練をしながら他の作業についても忙しく取り組んでいたので、訓練にだけ身を入れていたかと問われると──
「もちろん、大丈夫だ」
俺はさも自信たっぷりを装って返事をしたつもりだったが、レーチェはじろりと冷たい視線を向けてくる。
「そうですか? 最近訓練の後に鍛冶場に入り浸りだったように聞いていますけど?」
誰だ、彼女に報告している奴は。
ちらりとリーファを見たが、彼女はまったく反応を示さない。
「まあ、確かに。他にやらなければならない事がいくつかあってな。だが、戦いの感覚はだいぶ取り戻しているから、後は身体の調整だけという感じさ」
それを聞いたレーチェは「ふぅん……」と、疑りの目を向けてくる。
「明日は各都市の神殿を訪れて、復調した事を伝えてこようと思う」
「手紙を送ったのに?」
「まあ……顔を見せろと言ってくる神様も居るんだよ」
俺は曖昧に答えると、見た目の割に苦く感じる紅茶を口にした。




