少女の特訓
怒りの感情は少し冷静になるよう努めれば、だいぶ緩やかになっていくものです。
すぐに怒りに任せた行動を取る前に少し考える習慣を身に付けましょう~
というお話。
翌朝鍛冶場に来たメイが俺に言った。
「カーリアって知ってる?」
「ぉ? うむ、知ってはいるが」
「昨日の午後に宿舎前で、その子が待ってた」
「へえ?」
「私に稽古をつけてくれって」
おや? 待て待て、変な流れになってきたぞ。
「あの子が、オーディスワイアが教えてくれたって」
何をだ。そりゃ昨日カーリアに幼い頃から訓練をしていないと、若くして旅団で活躍するなんてできない、と言ってその例外として、メイの名前を出したが。
「私に戦い方を教われば、オーディスワイアも自分の事を、私と同じ様に旅団に入れてくれるはずだって」
もはや頭を抱えてしまう。メイくらいの訓練?
無茶だ。この少女が幼少の頃から行っていた訓練が、どれ程のものかは知らないが、一月やそこらで身に付く訳が無い。
「それはすまなかった。若くして実力を身に付ける事の難しさを教えようとして、どうやら失敗したらしい。もちろん彼女の事は帰したよな?」
俺の言葉にメイは首を横に振った。
「ううん、少し付き合ってあげたよ」
お優しい事で、その内容は聞くまでもない。少女の隣に立つユナの表情を見れば、何が起きたかくらいは、だいたい想像がつく。
「そうか、まぁほどほどにな。これでカーリアが諦めてくれればいいんだが」
だがそうはならなかった。今日の冒険を終えて宿舎に戻ったメイを、カーリアは待っていたのだ。
そして再びメイは(相当手加減をして)相手をし、それでもカーリアはぼろぼろになって帰って行ったという。木剣を手にしたカーリアを何度も地面に転がし、時には強めに地面に叩きつけて、彼女の本気度を測ったとメイは言う。
「あの子、本気で強くなろうとしているよ。どうする? 諦めさせるの? それは難しいと思う」
メイの言葉が正しかった。カーリアはその後も毎日宿舎でメイの帰りを待ち、訓練を求めたという。
メイによる訓練が始まって数日後に、鍛冶場に男が殴り込んで来た。男は「アザビ」だと名乗って娘を痛めつけるのを止めろ、と怒りを剥き出しにして言ってきたのだ。
こういう場合は感情的になっても仕方ない。互いに罵り合って終わるだけだからだ。
「カーリアがそう言ったのですか?『痛めつけられている』と? なら即刻『訓練』を中止するよう団員に言いますが。何故ならうちの団員は、冒険から帰って来て身体を休めたいだろうに、カーリアが毎日の様に宿舎の前で待っているから、相手をしてあげているだけなので。お宅のお嬢さんが来なければうちの団員も、彼女の為に使っていた時間を別の事に使える訳ですから」
俺がこう言うとカーリアの父親は顔を真っ赤にして唸ったが、言葉は何一つ発しなかった。カーリアが「訓練を続ける」と彼に言ったのは明白だ。それで、俺の所に来て文句を言いたいだけなのだ。
アザビは娘を心配しているという事を(やや怒りを抑えて)訴えたが、俺は頷きながら彼の話を聞いた後でこう断言する。
「そうですね、私もカーリアを心配しています。最近彼女の訓練に付き合っている少女は、カーリアよりも一歳だけ年が上なのですが、実力的には十歳以上の差があるはずです。そんな相手に立ち向かって行くなんて、それなりの覚悟が無いとできません。お嬢さんが真剣に取り組んでいる以上、俺が『止めろ』と言う事はできません。お分かり頂けますか?」
カーリアもメイも自らの意志で行っている事に、子供が危ないからと、親や大人が危険から子供を遠ざけていては、子供は危険な事について学べないし。いざという時にどうすればいいか分からずに、おろおろと周囲の者に縋る事しかできなくなるであろう。
父親であるアザビがそこまで考えたかは分からなかったが、彼はすごすごと帰って行った。
「ぶっちゃけ、いきなり怒鳴り込んだ事を詫びて欲しいね。怒りの感情は周りに波及する事を少しは理解して欲しいものだ」
俺は敢えて口に出して、理不尽な怒りを与えられて自分の中に生まれた苛立ちを、追い払おうと努めた。




