商売敵の娘カーリアの想い
朝起きると寝台の上で軽い運動をし、狭い寝室を出て食事を食べたり、くつろいだりする小さな居間を通り過ぎると、玄関の方に向かう。この場所から便所や調理場へ繋がっているのだが、それはいい。
まずは外に出て焔日の暖かな光を浴びて、女神への祈り──時には願い事を頼んだり──を捧げると、食事の用意などをする。
朝食はパンや乾酪や塩漬け肉を焼いた物などで簡単に済ませる。杉菜を使ったお茶を飲む──体には良いらしいが、やや青臭い。
鍛冶屋はこの住居の裏手に回った所だ、建物自体が分かれており繋がってはいない。繋がっていると行き来は楽だが、音や熱が住居の方にも流れ込んでしまう。
石畳で舗装された道を歩いて鍛冶場へ向かうと、壁に架けられた掲示板を熱心に読む小さな人影を見つけた。相変わらずどんよりと薄暗い表情をし、黒で統一された魔女っぽい衣装に身を包んでいる少女──カーリアである。
「早いな、いつも。今日はどうした」
俺が声を掛けると少女はびくっ、と体を震わせてこちらへ向き直り、手にした短い金属製の杖を突きつけてくる。
「この鍛冶屋は旅団もやっているのか」
「そうだよ、まだ立ち上げたばかりの旅団だが、段々マシになってきたところだ」
転移門には転移先に現れる敵の強さによって危険指数が表記されている。──百を最大として「黒き錬金鍛冶の旅団」の全員(まだエウラとは一度しか冒険に出ていない)が望めるのは、おそらく三十から四十の間だろう。危険を承知でもっと高難度の転移門を挑戦してもいいのだが、俺は団員に無理をさせるつもりは無い。
「わっ、私も入れてくれないか!」
カーリアが唐突に申し出た。
十二、三歳でも旅団には加入する事はできるが、その場合ほとんどが雑用係だ。幼少の頃から訓練を積んできたメイの様な例外は、十三で探索へと出掛けたらしいが(メイの強さはハンパない。俺でも、彼女に接近されたら危険かもしれないと思うくらいだ)。
「うん、無理だな」
俺は即答した。戦士なら筋力や体力、魔法使いなら魔力の大きさで採用できるが、カーリアには正直何も無いのだ。冷たい言い方になるが、本人の気持ちだけではどうにもならない事だ。魔法を使うには(おおよそ)天性の才能が、戦士には当然、鍛えられた身体が必要になる。
俺はカーリアを鍛冶場に招き、その事を包み隠さずに伝え、うちの団員のメイは幼少の頃から厳しい訓練を受けていたから、あの歳で冒険に出せる程の実力を持っているが、カーリアは違うと説明し、こうも言った。
「冒険をするには仲間と共に行動しなければならない。その中で実力的に劣る者が居れば、その周りの者に負担が掛かる。団員の安全を考えるなら君は、冒険者としての基準を満たしていない、と言わざるを得ない」
こう言っては少女は泣き出してしまうのではないかと思ったが、そうはならなかった。彼女はぐっと拳を握ると、「わかった」と一言置いて出て行ってしまった。
少女はどうするつもりなのだろうか? 魔法の適性があるようには見えない。(内包する魔力を調べなければ断定はできないが、彼女の持つ魔力量は、俺の様な錬金鍛冶師の持つ魔力量より少ないのではないかとすら思われる)──錬金鍛冶師としての勘だが。
それにカーリアは、剣を持って戦う戦士になりたいと以前言っていた。あの小さな身体の細腕に何ができるかと言えば、それは特訓しかあるまい。
そして俺は、彼女の決意がどれ程のものかを知る事になる……




