神無き世界の始まり
今回の話もかなりシリアスな内容(一部笑いあり)。
とくに後半の言葉。現代人は与えられる事が当たり前のように考えている人が多い。
それは間違いであるというのは、不運に遭遇したときのその人の行動で分かるものです。
「神が──実在する神が居ない、と仰いましたけれど。観念的には存在している、という意味ですかしら?」
「観念的に存在──なんだか誤解を受けそうな言い回しだな。それを肯定する事も否定する事もできない感じだ。
観念的な物なら存在してはいない、とするなら『はい』と答えるが。だが同時に、信仰の対象という意味での『神』という概念はどの国でも存在している」
俺がそう答えると、彼女は「あら」と変な声を上げる。
「思っていた以上に難しい話を求めている、と思われてしまったようですわね。私は単に、人々が崇める信仰対象があったのかどうか、そしてそれはどのような神なのか。それを聞きたかっただけですわ」
俺は思わず頭を掻いた。
細々とした説明をするのに疲れてきたのもあるが。
あまりこちらの世界に地球の情報を持ち込みたくないのは、こちらの世界との共通しない部分があるからだ。神の存在しかり、混沌の存在しかり、魔法の存在しかり。
それは同じ宇宙の話とはとても思えない力や存在がある、という事の証明に思える。
「まあ──地球と異なる部分も多くあるよな、こちらの世界は。もちろん多くの共通する部分があるんだけれども」
「宇宙という広大な世界があるにもかかわらず、そこには神は存在しない──と?」
「あ────、だから、それは証明しようがないんだよ。だが少なくとも、神が世界に現れた事は一度も無い。──一度もな。神を信じる者は『そんな事はない』と言うかもしれないが、歴史的にそんなものが登場した、という記録もないだろう。あったら大変な事だな。
俺が居た頃にそんな神が登場したら、映像としても残されるし、会話だってするだろう。もしかしたら写メどころか、メアドだって交換しちゃうぜ?」
俺は自分の冗談に笑ったが、レーチェにはチンプンカンプンだったようだ。
「神様の居ない世界ですか。私達には考えられないような世界ですわね。宇宙という、自分達の住む大地を越え出た世界にすら視野を広げていた人々の住む世界なのに、神が身近に存在しないなんて」
フォロスハートでは、中央にあるミスランから別の都市に出向けば、望みの神様の姿を見られるのだ。観光地に行って目的の歴史的建造物を見るみたいな気軽さで、神の姿を間近で見る事が出来る。
下手をすると言葉を交わす事だって出来るのだから。
(まあ俺は、それ以上の関係になったりもしたが……)
もやもやとそんな思い出を回想しつつ、この問題に関しては、これ以上説明のしようがないと判断した。
「神については止めておこう。俺は少なくとも、特定の神を信仰していなかった。それだけで充分だろう。だがそれは、神に対する信仰心が無い訳ではないんだ。──説明が難しいが」
「あなたが神に対する難しい想いを持っているのは、なんとなく分かりましたわ。あなたにとってフォロスハートに居る神様の存在がどれだけ驚くべきものだったか。──それも含めてね」
レーチェはこちらの気持ちを汲んでくれたようだ。
「それにしても、世界とは──あなたの住んでいた『地球』とは、とても大きな物だったんですね」
「そうだな。俺の居た国は小さな島国で……あ、いや──『小さい』と言っても、それでもフォロスハートよりもずっと大きな島だけどな。その島が丸々ひとつ日本という国だったんだ。
他の大陸は大きな大地の中にいくつもの国が隣接しているのが普通で、まあ多くの場合、隣国というのは仲が悪いものでね。そういう背景もあって、海を隔てている分、日本は比較的安全な国とも言える訳だ」
へぇ──、とレーチェは相槌を打つ。
彼女の興味──知識欲は満たされたのだろうか。
あるいは予想していたものよりも遥かに大きな世界という物に対し、呆気にとられてしまったのかもしれない。
フォロスハートという大地に生まれ住んでいた彼女にとって、世界とは、転移門で繋がる事の出来る大地の大きさ以上の物ではなかったのだ。
『世界断編叢書』を読んでいた彼女だが、俺の口から語られる「別の世界の話」に関する衝撃は、相当なものだったのだろう。
レーチェは何やら考え込んでいた。
「ゴミや人口の問題。自然環境の変化。フォロスハートでも問題にならないとは言い切れませんね。食料問題が解決されてきたフォロスハートは今後、人口の増加が問題になるかもしれませんし」
「そうだな。人が増えれば消費する物も増えるし、ゴミの量も増加する。土地だって無限にある訳じゃない。建物の構造を変化するようになるかもな」
俺はそう言って、マンションや高層ビルといった建物について説明する。
「そんな高い建物が……! 凄いですね」
「ああ──縦に居住空間を増やせる訳だが、問題もあるな。上下左右の部屋に住む人との関係──騒音とかな。地震や、建物の重さで地面が沈んだり……」
そこまで説明すると、彼女はなんだか遠くを見るような目をしてこう言った。
「私達も宿舎で隣り合う仲間として過ごしていますけど、それがまったく見ず知らずの赤の他人だとすれば、少々話は変わりますわね」
「そういやこっちの高い建物って、せいぜい三、四階の高さしかないよな。──ビルに上ったら、きっとその高さにたまげるんだろうな。……俺ももう久しくそんな高い場所に上ってないから、きっと……」
考えてみると、あんな細長い建物が乱立しているなど、明らかに異常な景色だろう。
すっかりこちらの世界の感覚に慣れていた、俺の頭の中にある──都会の風景。
摩天楼の聳える街並み。
想像の中のそれは──まるで、異界のように思われた。
もうずっとそのような物を拝んでいない所為だ。
「きっとあなたの居た世界は、住み良い場所だったのでしょう」
レーチェはそんな事を言い出した。
「あなたの作った色々な物は、地球にあった物を参考にしたのでしょう? それを見れば、人がいかに快適に生活できるか、そうした事を考えられているのが分かりますわ」
「それはそうなんだが」
「あなたの懸念は、いき過ぎた発展が自然を破壊し、切り捨てられてしまった様々な問題が大きくなって、自分達の生活を脅かしてしまう可能性がある、という事なのでしょう。
天を突くような建物に支配された大地が、いずれ辿る未来。──それは私には想像する事しか出来ませんが、きっと、多くの人がちょっとずつ力や知恵を出し合う事で、解決できるのだと思いますわ」
珍しくレーチェが楽観的な事を口にした。
「そうだといいんだが」
もう帰る事もない世界に──俺は、希望的な返答を返していた。
少なくとも、俺が現実に感じていた人々の対応からは、暗い未来の姿しか思い浮かばなかったのだが。
破滅の影に追われているとしても、前しか見ない人には、背後から迫るものの事など気づくはずもない。
経験しない事に対する想像力の無さ。
それが結局は自分自身を苦しめる結果になる。
何故なら幸運に対する備えは必要ないが、不運にはそれなりの覚悟が必要になるからだ。
人生の決定的な転換点は、自分で選べるとは限らない。
多くの人の場合、それは環境の変化によって起こされるのではないだろうか。
まあそれが、別の世界への転移、といった形で起こるなど──俺くらいのものだと思うが。




