地球の思い出
「そんなにも危険な状況だったのですか? あなたの居た世界というのは」
「ある意味では」と俺は付け足した。
「科学力は多くの人類を支える力となり、人間の暮らしを豊にした。それは間違いない。
しかし一方では、その恩恵ばかりに目を向け、自然環境に対する配慮を疎かにし、自分の利益を求めるあまり土地を汚したり、あるいは破壊するような真似をした。
忘れてはならないのは資源は有限であり、その資源を消費するにあたって、もしくは物を作り出す副産物として──必ずと言っていいほど汚物が残る。それが自然世界を汚染し、その汚染された物を制御しようと、自然は対応してくる。──そしてその対応策というものは、大抵は地上に居る者達を苦しめるものになる」
彼女は俺の発言内容を想像し、理解しようと努めたが、はっきりと降参の意思を示した。
「……分かりませんわ。その──とにかく、自然の恩恵を受けるだけではいけない、そういう事でしょうか?」
「ああそれと、増え過ぎた人類の問題が大きい。百人かそこらがやる分には自然の摂理の中で調和は保たれるが、数が膨大になればその秩序を維持する力の限界を超えてしまい、制御できなくなる」
するとレーチェは考え込んだ。
「世界に生存する人間の数を数える事なんて、本当に出来ますの?」
「ん? ああ……まあ、正確な数字かどうかは俺も知らないが、だいたい七十億人を超えていたらしい」
「七十億!」彼女は目を見開いて驚きを露わにした。……無理もない。フォロスハートとパールラクーンの数を足したって、億どころかその下の単位にまでぜんぜん届かないのだから。
「冗談でしょう! わ、私をからかってらっしゃるのね!」
今度は俺が笑ってしまう。──彼女はどうしても認めたくないらしい。そんなにも人類が増えるなど、想像する事すらおぞましい、とでも言うみたいに。
「冗談なんかじゃない。俺の暮らしていた国だけでも一億の人間が居た。他にも何百もの国があったんだ、もちろん国によって規模は違うが」
世界には優れた通信技術もあったんだぞ、そんな風に説明すると、彼女はまた真剣な顔になって考え込む。
「あなたの居た所というのは、私達の住む世界とは根本的に何かが違うようです」
「それはそうだろう。混沌なんていう妙な物に侵蝕されているような世界ではなかったからな」
科学が生んだ革新的な道具の数々。
世界の誕生や、宇宙の謎に科学力で挑むと同時に、地球の環境問題を引き起こした人類の技術について説明するのは難しい。レーチェの反応を見て改めて思う。
あまりに増大した人類の存在は、地球環境を捩じ曲げるほどになった。
彼女はそれを知らないが、フォロスハートの人口が増え続ければ、あっと言う間に大地は、人間の住む場所によって大きな変化を迫られる事になるだろう。
その人間の為の食料を確保するにも多くの土地が必要になる。
こうなればフォロスハートの大地は全て、人工的な物で溢れる事になってしまう。
畑や家畜を育てる為の牧草などに土地が使われ、それ以外のものが駆逐された世界。それがただしい有り様だろうか。
地球で起きたような、人類を優先させるあまり、自然環境を破壊し続けるといった事を起こしてはいけない。
そうした事について考えられる市民を育てる必要がある。
環境と自身の生活の調和。
こうした事柄についてしっかりとした理念を築き、市民が総出で大きな目標に向かって取り組まなければならない。
でなければ狭い環境での発展は、いずれは自分の首を絞める事になる。
未来に関する取り組みは、自分の事だけを考えていればいいというものではない。
「自然環境を破壊しかねない『科学力』ですか」
「そう、それはなんと言うか……道具と同じだ。生活の効率化の為に使用され、移動や生産力強化の為にあらゆる分野で使われる。
多くの人間が気軽に使える為に、大してかんがえもせずそれらを利用する。そしてそうした物が廃棄される時には、それらを再利用したり、ゴミとなった物を回収したりするのに多くの金が……まあ、それはいい」
領主側の人間であるレーチェにも思うところがあったのだろう、真剣な様子で聞いていた。
「ともかく、あれだ。自分の自分の生活を豊かにするのは人間の性だが、何事もやり過ぎはよくない。さらによくなかったのは便利さを求め過ぎ、それを善しとするあまりに──科学力に頼り切りになってしまった事だ」
機械によって効率化し、やがてはその機械によって支配されてしまう。そんな未来に対する予感があった。
それも俺一人の中にではない。多くの人がそれを感じていながら、その発展という恩恵に巻き込まれるしかなかったのだ。
科学の力は、とっくの昔に人類の意識を置き去りにして、独自の発展という願望によって起動しているかのようだった。
やがて人工知能という新たな、自我を有しない客観的な知性の登場を目にして、人類はその新たな知性の前に、なんらかの抵抗を感じるに至るだろう。──俺はその時代のただ中にあって、錬金術という科学とは異なる技術に注目した「愚か者」だったのだ。
「科学というのは、錬金術とは違うのですか?」
「地球の錬金術は化学の分野を切り開いたが、そもそも錬金術は物の生成について追求すると同時に、実験を行う技術者の心理的な投影──」
そこまで口にして、彼女にはそれを詳しく説明したところで、納得させるまでに膨大な時間を要するのだと考え、言葉を止めた。
「──まあ、その、なんだ……。卑金属を金に変えるという野望が果たされる事はなかったのさ。いくつもの逸話が『黄金の生成』について書かれているが、実際にそんな技術が達成された事はなかっただろう」
「……何か、途中で話すのを止めましたわね?」
俺は苦笑いしつつ、簡単には説明できないんだと断った。
「一般的には錬金術ってのは、胡散臭い偽物の、まやかしのものだと思われていたんだ。ある心理学者がその錬金術で行われる現象の取り扱いを、心理的な投影──つまり、物質から不純物を取り除いたりする行程を通して、人間の内面に関わる問題を解決していた、という新たな視点を導き出したりしてね」
そう説明してもやはり彼女には、ぴんとこなかったらしい。
「まあそれは追い追い説明するよ」
地球の人口にビビるレーチェ。方舟の大地とは規模が違い過ぎるというカルチャーショック。
錬金術と心理学についてはC・G・ユング『心理学と錬金術』を参照してください。
専門書なので難しい内容ですが。




