地球の文明や科学力を教える
「地球の文明か……」
俺は躊躇した。
それを説明して、良からぬ影響をフォロスハートに持ち込みたくない。
じっとこちらを見つめるレーチェの視線は真剣なものだった。どうしても知りたいのだという想いと、知るのが怖いといったような、複雑な表情が滲んでいる。
「……分かった、話すよ。だが、この事は誰にも言うなよ?」
すると彼女は黙って頷き、俺が話すのをじっと待っていた。──どういった事から話せばいいのか……、俺は悩んだ。
「地球には『科学』という技術が支配的だったんだ。こちらでもあるだろう。弩砲や井戸に付けた喞筒<ポンプ>とか、そういった技術をより発展させたものだ。
こちらの魔法に代わる、様々な物が科学によって作られている。──俺が錬金術の力を使って洗濯機を作れたのも、あちらにはすでに科学で作られた洗濯機があったからだ」
他にも水道や電気について説明したが、それはこちらでは魔法や精霊の力を使って行われる物だった。
「明かりを点けたり消したり、多くの物を電気という力で行うのが科学の中心だった。──まあ、戦争ではもっと大きな、あるいは小さな──火薬を使った武器や、核反応を利用した……いや、たぶん口で言っても理解できないと思う。
ともかく下手をすると、人間の集団が一瞬で大量に死滅するような技術もあったんだ」
レーチェはこちらの表情を窺って、何か恐ろしい想像をしたらしい。
「もしかしてあなたの居た世界は、もの凄く危険な世界だったのですか?」
「いやいや……それがそうでもない。──とも言えないが。少なくとも俺が暮らしていた国は、どちらかというと安全な所だったよ。だが、それはフォロスハートの安全とは違った危険が隠れているような世界とも言える。……一言で表すのは難しい。
フォロスハートでは皆が共通の目的意識を持って生活しているが、地球ではそうではない。各自が微妙に異なる目的意識や、理想を持っていたり、いなかったりで──つまり、割と小さな争いが頻発していたんだ」
「それはフォロスハートでも変わらないと思いますが」
俺は頷きつつ、なんと言っていいか悩む。
ネットによる人々の隠された悪意が表出したり、デマや偽の情報などで混乱するような事があるという現実を、簡潔に説明するのは不可能に思われた。
「ともかく多種多様な考えや、問題が数多くある世界でもあった。異なる考えや価値観の人々の間で何が正確なのか模索し、対立もし。格差のある生活や自由不自由。そこに解決策があるのかと考えたり、問題解決の極端な方法が叫ばれたり。……もうそれこそ混沌だよ」
そう言うと、彼女は地球にも「混沌」があるのだと誤解しそうになり、俺は慌てて否定した。
「いやいや、混沌といった具体的な物は存在しなかったよ。あくまで俺達の世界では混沌とは想像上のもの、概念的なものなんだ。つまり……今言ったのは──何もかもが入り乱れて収拾がつかない、みたいな意味で言ったんだ」
「あなたの居た世界には神も居なければ、混沌も存在していなかった、……という事ですのね?」
「科学というものは、神の実在を完全に否定するようなものではなかったが、かといって存在を証明する事も出来ないからな。──少なくとも俺の知り合いに神は居なかったよ」
俺がとっておきの冗談を口にすると、彼女は真顔でこう言った。
「今では誰よりも、多くの神様とお付き合いがあるじゃありませんか」
「それは確かに」
俺も真顔で返してしまう。
思えばおかしなものだ。
地球では神に祈るなんて事はなかった。
宗教の良い面も悪い面も知っていたから、俺は安易に宗教を頼ろうとは思わなかった。──少なくとも宗教家の口にする神の存在や奇跡について語られる言葉の多くは、心理的な事柄についての表明に過ぎないと思われた。
宗教は、多くの人間の間に共通の価値観を植え付ける為の装置。そんな心象しかない。
人々の心の中に生み出される神だからこそ、それは歪な仕方で具現化する。
現実の影響力(活動力)として解放される時、群衆を暴力的にし、破滅的な衝動へと駆り立てる。それが善い行いであれ、──善意の皮を被った──悪意からくるものであれ。
だいたいその神は、世界の問題に対してなんの手助けもしてくれはしないのだ。
やがて人類は、信仰心では救われない絶望の中に自らを突き落としてしまう。──そんな風に思える。
俺は宗教の事よりも、世界に溢れる様々な問題の解決を求めて、錬金術や魔術を学んだのだ。
自然というものはその自助力の中に、己の中に発生した問題点を強制的に修復する力を内包している。──人間の体が、外部から侵入してきた病原体に対し免疫が働くように──
やがてそれは世界の気候を変質させ、均衡を一時的に狂わせ、大きな天災となって牙を剥く。
均衡を取り戻す為に世界の大部分を、母なる力は圧倒的な権威の底に飲み込んでしまう。
そんな事になるかもしれないのだ。
どんなに人類が拒絶しようとも、地球という惑星に居る限り、その執行力から逃れる術はない。
自然秩序には必ず均衡を、円環する理の──脈々と継続されるべき能動性が存在する。
それに楔を打つような真似は、いかなる存在にも不可能なのだ。自然の摂理に逆らう力など、自然自体が容認しない。──絶対に。
「自然には」
と、俺はレーチェに話し始めた。
「自然には摂理がある。それを乱すのが人類だった。もちろん多くの自然に住む生き物だって、小さな乱れを生む事もあるだろう。しかし、人間のように、大きな力を行使して自然世界を汚す事はなかった。
人類は大きな力を獲得した気になり、その力を自在に扱ってもいいものだと考えてしまった。──まるで、混沌の力を喚び込んでしまった、アゾーラという国のように」
崩壊した世界で生きるレーチェのような人と、別の(崩壊しそうな)世界から来た織田西の対話。
異世界の話を通じて、現実的な「当たり前」といった感覚に疑問符を突きつける。
これこそ空想小説!




