世界の断片としてのフォロスハート
フォロスハートを取り巻く世界の秘密が明らかになり、オーディスワイアとレーチェは衝撃を受ける。
手帳に書かれた「翡翠の卵」の内容を読み上げたメリッサは、喉が渇いたのか、まだ湯気を立てている紅茶をごくりと飲んで、喉を火傷しそうになった。
滅多に失敗を演じない冷静な彼女の慌てた仕草に、普段なら笑って彼女のお茶目な一面をからかうところだが、俺もレーチェも、語られた言葉の重さに圧倒され、頭の中で過去の世界に起きたと思われる事柄と、現在の状況を結び付けようと、頭を限界まで回転させていた。
「その──翡翠の卵に書かれていた”深淵”というのが”混沌”だとするなら、まさか……」
レーチェは震えた声で言った。
「アゾーラという国が起こした魔導という技術の暴走によって、世界が滅びた……という事なんですの⁉」
その問いには誰も答えられなかった。
「魔導」については『世界断編叢書』にも登場する名称だ。
そもそも『世界断編叢書』という書物自体、フォロスハートの管理局が今まで集めてきた、断片的な情報を纏めた物であり、現在は三百頁からなる本が四冊あり、今後も足される予定の書物だ。
それにしても、今回見つけた翡翠の卵に隠された秘密はあまりにも大きなものだ。これが悪戯でないのは明らかで、翡翠の中に文字を埋め込み、それを光で外部に映し出す。などという手の込んだ手法を凝らしているところからも、相当の技術者が心血を注いで作り出した物だというのは疑いようがない。
メリッサはこれを記した魔導師の明確な肩書きが分からないと言った。××魔導師というが、なんらかの階級を意味していると思われるが、問題はそこじゃない。
「この魔導師の残した言葉以外に何か、ロズノアールに関係する書物は見つからなかったのか?」
するとメリッサは小さく頷く。
「それは今まさに解析中です。ただ、この──私達の存在する大地が、以前はもっと大きな大地の一部だった、というのを裏付ける証拠みたいな物は発見されました」
そう言って一枚の紙を差し出す。
それは地図を写した物らしく、地図の左側にアルディニス、アゾーラ、ジグマリルなどといった国名らしい物が書き込まれている。
「ここ、ここです」
アゾーラから遠く離れた場所に、小さな土地を囲んだ線が引かれ、そこにこう記されていた。
──ファルアトロス──
それはフォロスハートの元となった名称だとされていた言葉。
曖昧な記録しか残されていないフォロスハートの歴史において、現在では多くの人が忘れ去り、書物の中にしか残されていないような言葉であった。
「ファルアトロスとはやはり、国家の名前だったんだな」
俺がフォロスハートに来てだいぶ経った後に管理局の図書館で読んだ、『断編』に書かれていたのを思い出す。
翡翠の卵を創造したのはアルディニス王国の魔導師と呼ばれる技術者だった。
おそらく彼は、混沌(深淵)が齎す未曾有の危機に感づき、翡翠の卵を残そうと行動したのだ。
そしてこの卵から得られた情報には、興味深い事が書かれていた。──それは最後の部分。
「深淵さえ封じる事が出来れば、世界の破滅を食い止められる」
この一文は、混沌の発生源を閉ざせば混沌が広がらない、という意味かもしれないが。もしかすると、混沌に飲み込まれてしまったこの世界の現状を変えられる、唯一の可能性かもしれない。
混沌の発生源を突き止めるなど、現状ではほとんど不可能ごとに思えるが、可能性は零ではないはずだ。
だがそれを二人の前で話す事はしなかった。
無用な期待を抱かせる訳にはいかない。
混沌の中にある根源を探すなど、その方法はたった一つしかない。──神々の力を頼る他はないのだ。
「まさか、混沌によって世界が滅びる原因を作ったのが、人間だったなんて」
レーチェは静かに憤っていた。
彼女は以前からフォロスハートが、大きな大地の欠片のような物だと理解していた。つまり世界が砕かれたという「神話」が、実際の──真実の話だと理解していたのである。
しかしまさか、世界を砕いた原因を作ったのが人間自身の行為からだったなど、彼女は想像もしていなかったに違いない。
あまりに信じ難い、信じたくない真実に、俺達は言葉を失ってしまう。
これほどの消失感を覚える出来事が他にあるだろうか。
自分達の世界を滅ぼしたのは、自分達と同じ人間だというのだ。
翡翠の卵を造り出した魔導師は神に祈っているようだったが、その神に見捨てられていたとしても不思議ではない。
支配欲を滾らせた権力者によって生み出された力。それが制御を失い、世界を滅ぼす。
神はそうした人間の所業を知り、人類を見放してしまったのだろうか。
俺達の神は元々は精霊であったという。
他の──パールラクーンの女神アヴロラや、西海の大地の双神、エウシュアットアとエウシュマージア。こうした神々は、世界を創造した神とは違うらしい。
彼らは人類を守る為に大地を保護し、人間を守る事を選んだのだ。
翡翠の卵から得られたものは、簡単には飲み込めないものだった。
「もう一度管理局の職員には、過去の──『ロズアノール』や『アルディニス』など、フォロスハート勃興以前の資料を纏めなおしてほしいな」
メリッサに言うと、彼女はすでにそうした指示を出したと告げた。
「それに、今回手に入れた書物の中にも、まだまだ目を通せていない物があるので、そうした物の中から、歴史に関する情報が得られる事を期待しているところです」




