レーチェが怒っている理由
午後にも442部を投稿します。
お楽しみに~
「あなたは私に勝てたら、……という約束をしたじゃありませんか」
彼女は肝心な部分を言わずに憮然と言い放つ。
だがその頬には赤みが差していた。
「そうだな。──俺はその約束を覚えているぞ」
「なら、どうして……」
彼女は急に弱々しい声色になって哀しげな顔をする。
「どうして私を残して、危険な戦場になど出たのですか。あなたは片足を失くしていて、戦いの勘も鈍っていたではないですか」
レーチェの口調は責めているというよりは、悔しがるような響きを含んでいた。
「それは……この旅団を存続させる為には、二人とも戦場に、という訳にはいかなかったからだ」
俺は諭すように言ったが、彼女はそうした事も理解しているのだろう。だからこそ大人しくフォロスハートに残ったのだから。
「あなたの考えは分かりますわ」レーチェは静かに言う。
その声には色々な感情が隠れているようだ。
「ですがあなたは、あの戦いの後で──命を失っているのですよ。私との約束をしておきながら、その約束を果たす事なく。女神が居なければあなたは──今こうして、私と話す事もできずに、墓標の下に埋葬されていたかもしれませんわ」
「それは……」
俺は言い淀んだ。
決して死ぬつもりなどなかったが、まさかナンティルの刃に掛かって命を落とすなど、想像すらしていなかったのだ。予期せぬ死の刃に掛かって死んだ、など言い訳にもならないが。
「すまん」
「『すまん』じゃ済みませんわ」
彼女は半べそを掻いた少女の様に、今にも泣き出しそうだった。
こちらはこちらで困った様に半笑いになってしまう。
そこまで心配されていたという事実に、嬉しさと──申し訳ない気持ちになる。
「何がおかしいのですか」
彼女は俺がにやついているように見えたらしい。少し怒った声色になっていた。
「いや、そこまで心配してくれていたとは。そう思うと──なんだか嬉しくて」
俺が露骨ににやにやしだすと、レーチェはさらに腹を立てた様子で、ムスッとした顔をしてこちらを軽く睨んでくる。
すると執務室のドアが開いた。
誰かが入って来るのかと思ったら、ちょっとだけ隙間が開いて、そのドアの隙間からライムが顔を覗かせる。
「ニャァ──」
白猫はまるで「入ってもいいか」と尋ねるみたいに鳴き声を上げ、レーチェが手招きすると、その膝に飛び乗った。
レーチェの膝の上に乗ったライムが甘えた声を出しながら、彼女に優しく背中を撫でられている。──少し前なら絶対にあり得ない光景だ。
「よしよし……」
レーチェもすっかり猫に気を許しており、先程の怒った顔から、今では優しげな笑みを浮かべて白猫の毛を指先で整えてやっている。
彼女の怒った理由を知ると、さすがに昏睡状態になっていたという──しかも女神が居なければ間違いなく死んでいたという──事実を前に、俺は改めてここに戻れて良かったと、胸を撫で下ろす。
いくつもの失敗や、多くの人に迷惑をかけてしまった事実を考えると、簡単には死ねないなと、そう考えた。
レーチェだけではない。多くの仲間達にも不安や、喪失感を抱かせてしまった。取り返しのつかない失敗とは、死んでしまう事だろう。
仲間の死は、俺も何度も経験した。
それは決して慣れる事のない、深い喪失を味わう。
うちの旅団からは幸いな事に、今のところ誰も死者を出していない。
この記録をどこまでも伸ばしていきたいものだ。
その為にも、俺は彼らを支援する事に全力を尽くそう。
レーチェの優しい微笑みを横から見ながら、彼女だけは悲しませまいと心に誓った。




