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錬金鍛冶師の冒険のその後 ー冒険を辞めた男が冒険者達の旅団を立ち上げ仲間の為に身を砕いて働くお話ー  作者: 荒野ヒロ
第十章 愛する者のために

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混沌の呟き

二日続けての投稿。

どうぞよろしく。

 薄暗い顔をした俺は亡霊の様に立ち尽くし、ビルなどが建ち並ぶ街を背にしている。

 その胸からは出血したらしい、真っ赤な血の跡が残っていた。

 それを見た俺は、自分の胸元に思わず手を当てたが──何も傷ついてはいない。


「帰りたい」

 そいつは小声でそう言った。

「帰ればいいだろう」

 俺は少々いらついて応えた。

「帰りたい──おまえは、帰りたくはないのか」

「ぁあ?」

 俺は俺と対峙たいじしながら、無性に腹が立ってきた。こんなにも胸くそ悪い気分になるのは何故だろう? そんな風にどこかで考えながら……


「俺は帰るさ。だが、あっちの街じゃない」

「何故だ? おまえの生まれ故郷だろう?」

「確かにそうだ。しかし、今の俺には帰るべき場所が他にある」

「わからない」

 俺の顔をしたそれは、無表情のまま言った。

「わからないぞ」

 そいつは次第に大きな声でしゃべり始める。

 まるで俺の怒りの感情に触発されたみたいに。


「分からないだと? ──当たり前だろう。何もかも自分の物にしてしまおうとするものが、人間のことを理解できるものか!」

 俺は自然とそうした言葉を口にしていた。

 そして自分が何者と対峙していたかを悟る。

 こいつは……混沌こんとんだ。




 この混沌は俺の中に入り込んで、この奇怪な夢を見せているらしい。

 こいつは人の心を探ろうとしているのだと、俺は直感的にそう感じた。

「分からないに決まっている。お前のような、全てを取り込んで自分の物にし、他を認めないものなど、いびつな自分にすら気づかずに自己完結して、自分の空虚な世界に閉じもるしかできないんだからな!」

 そう言い放つと、もう一つの俺がぶるぶると身体を震わせて、「うううう」とか「ああああ」といった声の重なった、嫌な音を口から出し始めた。


「なんなんだ、気色悪い。お前が人間を理解したいと思っているのなら、受け入れる事だ。ありのままを。人間とは、合理性も不条理もあわせ持つ、理解しがたいものなのだから」

 そんな言葉を叩きつけると、奴は痙攣けいれんを止めて、また表情のない顔をこちらに向けてくる。

「わからない……」

 そいつは最後にそう言葉を残し、まるでもやの中に消えていくみたいに、跡形もなく消え去ってしまう。



 混沌が消え去ると、辺りの靄が晴れたように視界が明るくなった。

 替わりに、二つあった道の先が一本道に変わっていた。

 過去の懐かしい場所への道路は消え去って、古びた建物や、石造りの建物がある場所へ続く、土の道だけが残された。

 道の先には白猫が俺を待っていて、俺がそちらの道へと歩き出すと、猫はくるりと背中を向け、道の先へと先導するみたいに歩き出す。

 道の先には見覚えのある町があり、こちらもまた懐かしさを感じさせるものがある。


 白猫の後を追いかけていると、どこかからか声が聞こえてきた。

 いったいどこから聞こえてくるのか分からない、遠くで誰かが話し合うような声。

 その声は懐かしく、安堵あんどを感じる声だ。

 頭の奥から、あるいは近くて遠い、──世界の裏側から聞こえてくるみたいな女の声。

 それは静かな口調で話し掛けている。



 その声を聞こうと集中していると突然、息苦しくなってきた。

 まるで毛布か何かを顔に押し付けられ、呼吸がしにくいみたいに。

 道の先に居た猫の姿はなく、代わりにかすみがかっていた空に光が差し始めた。

 するとその空から声が聞こえてきた。

「あっ、駄目ですわ。そんな風にしたら、息ができないでしょう?」

 女の声に応えるように、猫の鳴き声が聞こえた。



(今のは……レーチェか?)



 この時になって初めてレーチェという女の事を思い出した。

 ……ここは夢の中。だから記憶も曖昧あいまいで、まるで自分が自分でないみたいに感じていたのだろう。

 それにしてもあの猫嫌いのレーチェが、猫と親しげに会話するようになるなんて……

 彼女の様子が気掛かりな俺は、この悪い夢から目覚めなければと藻掻もがく。──しかし、どうすればこの息苦しさから解放されるのかも分からない。


「ウニャァ──」

 と、顔のすぐ上から不機嫌そうな猫の鳴き声が聞こえた。先ほどよりも近くから、その声は聞こえてくる。

 ……その声はライムの鳴き声だ。

 俺はそう理解すると不意に、まぶたの感覚を思い出す。

 何もかもを取り戻したみたいに、急に「感覚」というものを思い出した。

 だがその感覚は鈍重どんじゅうで、身体の重さを取り戻した俺は、急に自分の上に重しが乗せられた気分になる。




 億劫おっくうに感じるほど重い瞼を開けると、そこには俺の顔から離れていく、白い物体が目に飛び込んできた。

「ニャァ──」

 俺の顔に張り付いていた猫の所為せいで息苦しくなっていたらしい。

 白猫は嫌々をするみたいに身体を震わせ、持ち上げようとする女の手から逃れて、俺の胸の上に着地した。

「おふっ」

 見た目よりも重い猫の体重。

 白い猫は俺の顔の横に来ると、ごろごろごろとのどを鳴らしながら、その頭を俺の頬に押し付けてくる。

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