混沌対人類
戦狗に変身した犬亜人の軍勢と激突した。
敵の多くは鎧も身に着けず、武器すら手にしていない者がほとんどだ。
犬狼の王は最前列に姿を見せていたはずだが、突撃して来た群れの中には居なかった。
「オオオオオッ!」
扇爪斬破を使って敵を薙ぎ払う。
突進して来た七体の戦狗を打ち倒すと、それが戦狗に似て異なる──異様な存在だと理解した。
それはもはや獣でも、亜人でもなかった。
毛皮だと思われた体表には、まるで木の皮の様な固い皮膚に、獣の毛と山嵐らしの針状の剛毛が混じったみたいな、黒い外殻を身に付けていた。
出来損ないの甲殻類みたいな連中だ。──俺は不気味な顔をした獣の頭部を見る。
犬に似てはいるが、やはりそれは獣と言うよりも──混沌の化け物に近い存在だった。
横に裂けた口から尖った牙が覗き、潰れた鼻先は犬というよりは牛を思わせる。
頭からは角が生え、中には顎から大きな牙が突き出ている者も居た。
(完全に混沌の魔物だな)
もはや犬亜人ではない。
この敵は転移門先に現れる混沌の軍勢と同じだ。
立て続けに迫って来る敵を斬り裂きながら、仲間の様子を窺う。
猫獣人の戦士とフォロスハートの冒険者が隊列を組み、敵の攻撃を防ぎながら──懸命に戦っている。
大きな敵を相手にして苦戦しているが、後方から魔法の支援を受けつつ、彼らは戦狗を一体一体、確実に仕止めていく。
だが──これだけの数の戦狗を相手に俺達の戦列は崩れ、徐々に後退を始めた。
離れた場所に居たリゼミラも、今ではこちらに近い場所で戦わされていた。──外側から押し込まれる形で、中央に人が集まり始めたのだ。
「押し返せえぇえぇっ‼」
俺は叫びながら連続で斬破と破砕撃を打ち出し、次々に戦狗を倒して前に出る。
当然、俺は敵の真っただ中に飛び込む格好になり、敵に囲まれてしまう。
「グルルラァアァァッ!」
吠えながら俺に食らいつこうとする戦狗。
その場で腰を落とすと、俺は魔剣を横に構えて背中側に回し、周囲を斬り裂く円陣斬を放つ。
「ズヴァウゥッ!」
空気を裂く刃が俺の周囲から円形状に飛び、周りに集まって来た戦狗の胴体を引き裂いて打ち倒した。
一撃で五体の戦狗が戦場に倒れると、兵士達から大きな歓声が上がり、彼らの士気も回復したようだ。
一進一退の攻防が続いていた。
気づけば敵の数もだいぶ減り、このまま押し切れるかと期待したが──
「くっ……! 援護が──!」
見れば周囲に立っている猫獣人の戦士やフォロスハートの兵士は、数えるほどしか居ない。
後方の魔法使いも魔力切れを起こし、治癒師も倒れた戦士達を介抱するのに掛かり切りだ。
剣を握る握力はまだ残されているが、肩や背中の筋肉が強張っているのを感じる。
まだ敵の戦力は後方に控えているのが確認できた。奴らは第二陣を温存しており、そこには犬狼の王の姿もある。
「くそったれ……! まずいぞ、これは……」
近くまで来ていたリゼミラが、回復薬を口にしながら目で何かを訴えている。──俺達の後方には傷つき倒れた兵士達が地面に座り込み、治癒師による回復を待っている状態だった。
(ここから下がる訳にはいかない……!)
リゼミラは飲み終えた小瓶を敵に向かって投げつけると、仲間の兵士を守る為に突撃し、二体の戦狗に立ち向かって行った。
周囲の戦士達も敗色が濃厚だと考えているだろう。だが──その感情に飲まれれば、勝てるものも勝てなくなるのだ。
「オーディスワイアさん」
と、側に居た猫獣人の男が話し掛けてきた。
前線で戦いながら、敵に視線を向けたまま、彼はこう口にした。
「我々は最後まで戦います。しかし、あなたは怪我をした仲間達と共に、砦まで下がってくださいにゃ」
続けて反対側に居る猫獣人も声を上げた。
「そうですにゃ。あなたたちはフォロスハートの人ですにゃ。ここで我々と共に倒れてもらうなんて、とてもできませんにゃ!」
満身創痍の仲間を助ける為に、自ら壁になろうと言うのだ。
俺は歯噛みした。
確かにこのままでは敵の物量に押し潰され、後方に居る怪我人達も巻き込まれて死んでいくだろう。
────しかし俺は諦めていない。いや、俺だけではない。俺の仲間達もまだ、前線での戦いを続ける気迫を持って戦っている。
仲間達が懸命に戦っているのに、俺が後退の指示を出すなど──いや。出すべきなのかもしれないというのは分かっている。
それでもなお、俺は彼らの言葉に首を横に振った。
「いいや、俺は──俺達はまだまだ戦える。そしてお前らもな! まだこれからだ! 泣き言など口にしないぞ、俺は! いいか! 俺につづけぇえぇぇっ‼」
後ろに控えている戦士達に声を掛けながら剣を振り上げ、敵に突撃を開始する。
「ウオオオオオォッ‼」
後方に居たフォロスハートの冒険者や兵士。猫獣人の戦士達も、俺の声に同調して闘志を燃やす。
俺が前方に居る混沌の化け物に剣を振り下ろし、連続攻撃を浴びせてこれを打ち倒すと、仲間達も一斉に敵に突き掛かり、再び激しい剣戟が辺りに響き渡る。
暗くなった山間部を照らす篝火が点けられ、広野の戦場を照らし出した。
突出していた敵の多くを打ち倒し、徐々にこちらが敵を押し返し始めると、敵陣の後方に居た犬狼の王を含めた最後の部隊が、ゆっくりとこちらに向かって進軍してきた。
「ここが正念場ってやつだ!」
覚悟を決めろ! そう叫びながら一体の敵を斬り裂く。
それに呼応する様に戦列を組んで敵に対峙する仲間達。
リゼミラも俺から少し離れた場所に立ち、敵を迎え撃っている。
「オーディスさん!」
後方からアディーの声。
敵がこちらに駆け出して来た。
どどどどどっ、という凄まじい音。
陸地に押し寄せる津波の様に迫って来る敵の波。
全身全霊でこの敵の波を押さえてみせる。
俺の中にある戦士の魂がめらめらと闘志を燃え上がらせる。
「うおぉおおっ!」
パールラクーンとフォロスハートの勇士達が、己の魂から燃え上がらせるような鬨の声を上げた瞬間。俺達は大きな──別の場所から沸き上がり
響いてくる──別の鬨の声を耳にした。
押し寄せる敵の波に立ち向かうオーディスワイアの耳に聞こえた鬨の声は──?




