襲撃
兵士達は休憩しながら時を待つ。援軍が駆けつけて来るか、敵が攻めて来るか……その緊張感が戦場を包み込んでいる。
まだ上空は青い色を湛えていた。山脈の向こうに沈もうとする日の光が、遠くの空の色を薄紅色に染めようという時刻。
防衛陣地に角笛が鳴り響いた。
「なんだとっ⁉」
敵襲の合図。
「奴ら、こちらの仲間がそろう前に攻め込んで来るつもりか……!」
とことん予測を外してきやがる……!
天幕を出ると前線に向かう。
すでに多くの兵士は塹壕の手前に陣取り、敵の襲撃に備えていた。
左右の森からどっと押し寄せて来る犬亜人の波に向かって、投石機から放たれた岩が奴らを押し潰す。
広野に押し寄せる敵の姿がはっきりと視認できる。
ぞろぞろと黒い影が固まりとなって攻め込んで来た。
恐れ知らずの突撃。
奴らはまた無造作に襲い掛かって来る。
半日前の戦闘の事を忘れてしまったかのように。
左右から迫って来た犬亜人の群れを、塹壕を前にして待ち構えていた猫獣人の戦士や、フォロスハートの兵士達が迎え撃つ。
俺は戦列の中央に位置する場所でそれを見ていた。
遠く離れた場所で戦いが始まる。
その戦いを視界の隅で見守っていると、左右の戦線からほとんど同時に魔法剣の攻撃が放たれた。
カーリアか。それともダリア、フレジアの攻撃か……
激しく火を噴き上げる攻撃と、嵐の様な風を生み出した破壊の衝撃と斬撃。
どちらも凄まじい威力で敵を吹き飛ばしただろう。
こちらもいよいよ敵が迫って来た。
洞穴のある北から押し寄せた敵の波。
土塁の上を越えて来る犬亜人や、土塁の間を抜けて来る犬亜人に紛れて、戦狗が姿を現す。俺は土塁の間に立ち、敵が押し寄せて来るのを待っていた。
「くらえぇっ!」
振り上げた魔剣に気を流し、前方一直線に撃ち出す斬破を繰り出す。
空気を引き裂く一撃。
自分でもびっくりしてしまうくらいの大きな金属音に似た、空気を裂く衝撃波が発生し、斬撃に巻き込まれた犬亜人と戦狗が、腕や胴体を引きちぎられるみたいに引き裂かれ、血煙を上げながら倒れていく。
押し寄せて来る敵の波を──俺と戦士達が叩き伏せる。
カムイは土嚢を越え、掘を飛び越えて来た敵を狙って次々に切り裂くと、周囲の猫獣人と共に敵の死体を堀の中へと叩き落とす。
俺達の抵抗はかなり長く続いた。
空が段々と薄暗い群青色に染め上げられる頃になると、敵の動きにも変化が現れた。
──敵の波が引き、広野の向こうへと逃げて行ったのだ。
(どうする──こちらから追撃するのか?)
俺はナンティルらの指示が鳴るのを待った。
「パパパパ──ン、パパパパ──ン」
軽快な角笛が鳴らされた。
一休みしつつ回復薬などを口にしていた兵士らも、その合図を聞くと武器を手にし、広野へ進軍を開始する。
ゆっくり、ゆっくりと戦列を維持して敵に迫る。
すると──敵陣の中に犬狼の王の姿が確認できた。
奴は俺の進む先で待ち構えるみたいに、最前線に姿を晒している。
投石機はすでに弾が切れ、援護は期待できない。
パールラクーン防衛隊と犬亜人の軍勢が、離れた場所で戦列を整え──睨み合う。
突撃の合図がどちらから鳴らされるだろうと考えていた時。山脈の陰に日が沈み、広野に山脈の影が落とされた。
「ぐググルルるルぅぐグゥウうぅゥ……‼」
犬亜人の群れから、一様に気味の悪い呻き声が広がっていく。
それと同時に奴らの気配が──不穏なものを含み始めた。
「まさか──ッ!」
後方の離れた場所から、アディーディンクの声が聞こえてきた。
そうか。この気配……!
それは俺にも見覚えのある感じだ。その異様な気配は──
「「「ごあアあァアぁァアッ‼」」」
ついに奴らは本性を現したようだ。
犬狼の王を中心に黒い波動が解き放たれ、影の中で不気味に光る黒色の極光気がゆらゆらと燃え広がり、犬亜人の戦列を包み込んだ。
凄まじい怒号と共に奴らは変形を遂げた。
遠目からでも分かる異様な変身の様は──
蛹から蝶が誕生するのとは違う、まったく不快で不気味な、不調和の──混沌の誕生を見るような光景だった。
小さな犬亜人の肉体が膨れ上がり、その全てが戦狗となって黒い極光気を放ちながら、暗くなった空を見上げて一斉に吠え猛る。
山脈の間を埋め尽くす獣の咆哮。
心の弱い者なら足が竦み、思わず後退りしてしまっただろう。
俺やリゼミラ、カムイなどは一斉に気迫の籠もった声を上げ、剣を振り上げて戦列の中で戦いへの意志を示す。
すると周囲の戦士達も大きな声を上げ、闘志の気を燃え上がらせながら、大きな鬨の声を戦場に轟かせたのである。
「見ろ! 奴らは戦狗になったかもしれない。しかし奴らは裸だ! 鎧を身に纏った戦狗ではない! そんな相手など恐れる事はない!」
俺は仲間を振り返り、大声で呼び掛けた。
「おぉおおおおっ‼」
戦士らは怯えを消し去って、戦場に向かう闘志を燃やす。
恐怖を勇気で焼き尽くし、敵を排除する戦闘へと己を駆り立て、この戦いに──侵略者の蛮族共に止めを刺す為に。
全身全霊をもって戦いに勝利を齎す。
「パールラクーンとフォロスハートに勝利を‼」
俺はそう叫びながら敵陣へと走り出す。
敵陣も大きな咆哮を上げながらこちらに突撃を開始した。
それは大きなうねりとなって──双方から荒れ狂う波が押し寄せるみたいに、広野のど真ん中で激しくぶつかり合うのだった。
残り三話。
十月九日に第九章は完結します。(週二回投稿)




