苦戦
片手で剣を握る犬狼の王は、俺が思うよりも遥かに手強い相手だった。
最初の雑な攻撃が嘘のように正確な剣の技で俺の攻撃を捌き、受け流している。
(こいつ……ッ! 見た目よりもやる──!)
奇妙な──剣を横に構えた状態から、こちらの剣を──まるで、攻撃の瞬間や方向が分かっているかのような動きで、簡単に攻撃を躱してくる。
乱戦は俺の周囲でも行われていた。
周りに居る犬亜人共もどういう訳か、先ほど戦ってきた連中よりも強さを増しているらしく、仲間達は苦戦し、徐々に押され始めていた。
俺も犬狼の王と戦いながら、近づいて来た犬亜人を叩き斬り、なんとか敵の首領との戦いを耐え抜く。
次第に足は疲れ、腕の筋肉も強張りはじめてきた。
それは俺だけではない。
仲間達ももう限界に達し始めていたのだ。
援軍としてやって来たエウラやレン、エアの二人も肩で息をしはじめた。
押し寄せて来る敵の数はまだまだ多い。このままでは……、そんな嫌な空気が戦場を覆いつつある。
犬狼の王は俺に接近すると、鋭い突きから斜めに斬り下ろす攻撃を連続で打ち、俺をさらに後退させた。
遠くでレオシェルドが鬼神の様に戦い、犬亜人を次々に斬り裂いているのが見えた。──恐ろしい手練れが味方であるのは心強いものだ。
俺は闘志を蘇らせると、真正面から敵の首領に挑み掛かった。
数手の攻防。
犬亜人や戦狗が相手なら、この一瞬の間に交わした剣戟で倒せているはずだ。全神経を集中し、躱すのが困難な鋭い攻撃を放つ。
──しかし、犬狼の王は攻撃を悉く防ぎ、受け流す。
義足がまた重く感じる。
「くそぅっ……!」
まさかこんな手練れた相手だったとは。まるでリトキスやレオシェルドと戦っているかのようだ。
速い攻撃を捌き切れずに首筋を斬りつけられてしまう。
傷は浅いが、危険な一撃を避け損ねた。
その感覚が俺に力を蘇らせる。──ここで負ける訳にはいかないんだ。断じて!
俺は敵の薙ぎ払った剣を掻い潜ると、大きく前に踏み込みながら、背後から振り払う斬撃を浴びせ掛けた。
「ジュチィイイィンッ‼」
狼の頭部に付けられた金属板を叩き、攻撃を防ごうとした剣をも叩き折って、相手の被っていた物を叩き落とさせた。
俺は踏み込んだ足を軸に、さらに追撃しようと迫ったが、奴はくるりと後方に宙返りし距離を取る。
「はっ、怖じ気づいたか……⁉」
俺はそう言いながら相手の顔を見る。
──そこには黒い闇があった。
その黒い染みみたいな物が消え去ると、犬狼の王の顔がはっきりと見て取れた。
それは────俺の、見覚えのある人間の顔だった。
「まさか────ブサイヌか⁉」
だいぶ前にフォロスハートから放逐され、混沌の中に突き落とされたはずの男。
俺が爺さんから鍛冶屋を受け継いだ後にやって来た、品のない冒険者の男。
若い冒険者達を食い物にしていた罰として、フォロスハートから追放された男。
「なぜ貴様が──ッ‼」
折れた剣を投げつけてくると、奴は足下に落ちていた剣を引っ掴み、嵐の如く俺に向かって攻撃を繰り出してくる。
変わらず無言で。いや──それどころか、こいつからは呼吸も感じないのだ。
(生命体ではないという事かっ)
次々に繰り出される攻撃を弾きながら、俺は気づけばゆっくりと後退していた。
「ガチンッ」と、義足が落ちていた槍を踏んだ。
幸いそれでは転ばなかったが、体勢を崩してしまったところに、腰を落とした突きを繰り出そうとする犬狼の──いや、ブサイヌが見えた。
「ふんっ」
左手に剣を投げ渡しながら義足で地面を探り、落ちていた槍を蹴り上げると、それを右手で掴む。
「ガシィンッ」
左手に持った魔剣で敵の突きを捌きながら、右手に持った槍を突き出す。
「どずっ」と──分厚い革鎧を突いた感触があった。毛皮の外套の様な物を付けた下は、肩当ての付いた革鎧を着込んでいるらしい。
胸元を突かれたブサイヌは素早く後方に下がって間合いを取る。
「おまえ──本当にブサイヌか……? いや、そんなはずはないな」
俺は冷静になった。
こいつからは生き物の気配を感じない。
混沌がなぜ奴の姿を模しているのかは分からないが、あのフザケた男がこんな実力を持っていた訳がないのだ。俺が見た限りの奴の実力は精々のところ、一人では中級の転移門にも行けない程度だった。
いったいなんのつもりかは知らないが、俺がその男の姿に動揺するとでも思っているのか?
「混沌は本当に訳が分からんな」
俺はここで犬狼の王を討ち取るつもりで果敢に戦いを挑んだが、悉く攻撃を受け流され、さらには北側から攻めて来た犬亜人や戦狗が現れ、その隙に犬狼の王に逃げられてしまったのだった。
仲間達も一所懸命に、各個人全身全霊で戦い抜く覚悟を示していたが、俺達はじりじりと後退させられ、徐々に追い詰められてきていたのだ。
(まずいぞ……、このままでは……!)
途中から投石機も攻撃を始め、山脈側から黒い土石流の様に迫り来る犬亜人共を撃退しているが、奴らがどこにそれだけの戦力を隠していたのかと不思議になるくらい、夥しい数の大群となって押し寄せて来ていた。
その時だった。
頭の中に響く声が聞こえてきたのだ。
『パールラクーンの戦士達! 我らフォロスハートの神々も手を貸そう! その命の炎を燃やし、今一度奮い立て!』
その声は聞き覚えがあった。
地の神ウル=オギトの声だった。
大地から白い光が溢れ出て、戦士達を包み込むと、身体が軽くなり──固く、重く感じていた筋肉の強張りも消え去って、体力も気力も完全に回復したのを感じる。
「勇気を胸に燃やせ! 戦うのだ──勇敢なる戦士達よ!」
「うおおぉおっ‼」
頭に響く神の声に応え、一斉に気合いの声が戦場に響き渡り、凄まじい鬨の声が犬亜人達を怯えさせた。
体力気力共に充実した俺達は敵に押し寄せると、荒々しい津波の様に敵を押し流し、山脈近くにある敵の防衛拠点まで一気に攻め込み──石と泥の壁を叩き壊して、犬亜人共を殲滅する。
壊走する犬亜人共の中に、ちらりと毛皮を身に着けた犬狼の王の姿が見えたが、奴はこちらを一睨みしてから、仲間を引き連れて山の方へと後退して行ったのだった。
ブサイヌは第一章に登場した悪そうな男。
フォロスハートの神々の協力で大逆転。
次話は金曜日に投稿します。




