ナンティルの過去
ナンティルは銀色に輝く立派な鎧を身に着けていた。肩当てなどもかなり優美で、腕を守る甲や籠手も装備し、腰から下がる鎖帷子のスカートがキラキラと光っている。
背中には大剣を背負い、彼女は全身鎧と大剣を身に着けてもまったく軸がぶれていない。ナンティルの怪力は知っていたが、その威風堂々とした姿はなかなかに様になっていた。
俺が彼女の方に近づくと、頭の上にある耳をぴくぴくと動かし、こちらを振り向いた。
「やっと来たかにゃ」
彼女が声を発すると、周囲に居た武装した猫獣人の男女がこちらを振り向く。
彼らはここに来るまでに見た他の猫獣人の戦士達とは違い、かなり精悍な顔立ちをした益荒男の様だ。
体つきも、その身から放たれる充実した気も、これから戦いに臨まんとする戦士の気迫を持っている。──一部の猫獣人は自身の性情を拒絶して、戦いの本能を目覚めさせた若者も居たようだ。
そうした戦士は心強い味方になるだろう。
「またせたな」
「本当にゃ。あんな手紙だけよこして、何をしていたにゃ」
そう言いながらもどこかほっとした様子を見せるナンティル。戦況はかなり厳しいようだ。
「投石機に積む爆破弾は作ったか?」
「まあなんとか……。まだ実戦では使ってないけれど」
夜になったら敵が攻めて来るかもしれないので、それに合わせるつもりでいるらしい。
「これはこれは、頼もしい仲間を連れて来てくれたにゃ」
ナンティルはリゼミラとアディーディンクとレオシェルドの三人に視線を送る。彼女の事だ、俺や仲間の過去の情報なども集めているはずだ。
「にしても……以前は諜報活動をしながらの行商人。今は部隊長だと? お前、いったい何者だ?」
この猫獣人とはけっこう長い付き合いになるが、底の知れない人物だ。猫獣人は力の強い人が多いらしいが、彼女のそれは種族的なものだけではなく、幼い頃からの鍛練の賜物という感じがする。
やはり冒険者として活躍していた時期があったのだろう。
何者かと問われたナンティルは、その猫鼻をひくひくと動かしてにんまりと笑った。
「何者と言われても……私は私だにゃ」
「以前は冒険者をしていたのか?」
矢継ぎ早に質問を浴びせ、彼女から答えを引き出そうとする。──俺がじっと答えを待っていると、猫獣人は諦めたようだった。
「私は若い頃──十代前半の時には、パールラクーンの転移門を巡る冒険者をしていたにゃ。仲間達と一緒に」
彼女は側に護衛の男を控えさせたまま話し出す。
「自慢するようにゃけど、若い冒険者の中でも私は戦士としてぐんぐん力をつけた事で、女神アヴロラに選任され、危険な転移門『紅蓮回廊の塔』を攻略する五人の一人に選ばれたにゃ。ここは混沌の力が入り込んだ、パールラクーンで最も危険な転移門先。女神アヴロラの強力な加護を受けて、やっと戦えるくらいの敵が出るのにゃ」
そこで彼女は二人の仲間を失ったという。
「混沌の魔物『白亜の鬼神』と出会った私達は、二人の仲間を失いながらなんとか逃げ出し、生還する事が出来たにゃ。けれどその時、私は──倒れた仲間から離れてゆく女神アヴロラの力が白亜の鬼神に奪われそうになったのを見て、奴に斬り掛かりながら、女神の力を過剰にこの身に宿す事になったのにゃ」
彼女の怪力の理由は、その時の後遺症のようなものらしい。まさか女神の力がそのような結果を齎すとは、女神すらも想像し得なかった事だった。
「強い力は手に入れたけれど、女神の力が体内に残り続けたため私の身体は、魔法や混沌の波動を受けると生命の力が暴走してしまうにゃ。そうなると過剰な気の力を発生させ、下手をすると暴走して倒れてしまうようになったのにゃ……」
それ以降、冒険には出ていないらしい。
ナンティルの中に女神の力が残ったのを知った神殿長は、彼女を冒険から遠ざけて、別の役職を任せる事にした。──それがフォロスハートとの友好関係を築きつつ、相手との交渉を取り付ける足がかりを得る仕事だったのだ。
女神の力が定着した事で生命力は強くなったが、冒険者を継続するのは困難になったナンティル。
「治せないんだな」
「病気じゃないにゃ。私にもよく分からないんだけど、生命の根幹に結びついた女神の力が、外部からの刺激で暴走するらしいにゃ」
パラケルススがその書『奇蹟の医書』の中で「五つの病因」について書いているが、さしもの秘教的医師の彼も、混沌による肉体的、精神的な発作については書いていなかった。
ナンティルの怪力は戦場でも役に立つが、このままではまずいかもしれない。
ここには犬亜人しか敵が居ないが、奴らの中には混沌の力を持つ者も居るかもしれないからだ。
「う──ん、なんとかしてやりたいが。ひとまず今回の戦場では、混沌が出たらお前は後退しろ。いいな?」
そう言うと彼女は「知っていたかにゃ」と口にする。
「私達が相手にしている犬亜人は、明らかに混沌の影響を受けているにゃ。けれど、戦っても混沌の力は使ってこないし、魔法も使用したという報告は上がってな」
ただの犬亜人なら、自分の敵ではないと豪語するナンティル。
「まあ、犬亜人だけなら問題ないか。猫獣人は戦闘力に難があると聞いていたが、戦士として鍛えている奴も居るようだしな」
そう言いながら護衛の猫獣人を見る。
彼らは揃って頷き、胸に拳を当てる敬礼をした。
「それよりも──奴らの陣地の様子を見たかにゃ?」
「いいや、まだだ」
「まず、敵の数を見るといいにゃ」
俺は仲間と共にナンティルに連れられて、北に陣取る犬亜人軍の様子を確認する。──それを目にした時、それは凄まじい数だというのははっきりと確認できた。
緑色の草原と山肌の間に、黒い戦列が敷かれているのが肉眼で見える。異様な数だ。
「こちらの数倍の数は居るにゃ」
しかもそれが、倒しても倒してもまったく減らないのだと言う。
翌日には敵の数が元通りになっているとさえ感じる事もあるらしい。
「最悪だな」
数キロ先に黒く広がる犬亜人の軍勢は、ざっと見ても一万近くは居るだろう。
こちらは三千そこらだ。
むしろ今まで良く戦っていたものだ。
「俺達も気合いを入れないとな」
リゼミラやレオシェルドに向かって言う。
二人は真剣な表情で頷き、静かに闘志を燃やしているようだった。
ナンティルは亡くした二人の仲間から遊離する女神の力を渡すまいとして、その身に大きな力を取り込んでしまった訳ですね。まったくのイレギュラーだったので、生命を司る女神にとっても未知の出来事だったのです。




