最前線基地
朝になった。
ドアを丁寧に叩く音。誰かが呼び掛けている──朝食の用意が出来ましたと。
義足を履いて廊下に出ると、ちょうどレオシェルドとアディーディンクが出て来たところだ。
猫獣人の侍女は初めにリゼミラを起こしたらしく、すでにリゼミラは食堂の方に向かっていた。
「おはようございまふ……」
緊張感のないアディーの声。
割と度胸が据わっているのは、長年の冒険による自信の表れだ。慎重、冷静──そうした態度の陰には、実力に裏打ちされた自分自身への信頼が根付いている。
そして、仲間への信頼も。
群れ成す犬亜人に脅威を感じても、自分の力と仲間の力を合わせれば、こうした苦難を越えられると信じているのだ。
俺だってそうだ。仲間が居ればこそ、脹ら脛を食いちぎられても幼竜を倒し、生還する気力を持てたのだ。決して自分一人で戦っているのではない。自分が踏ん張れば、仲間が必ず助けてくれる──そう信じて戦う。
これからの戦場での戦いも、そうした冒険していた頃の気持ちを忘れず、果敢に戦いに臨む。
朝食を仲間達と共に食べたが、やはりこの館の主人などは見当たらない。最初から居ないのか、それとも内気な人物なのか。
食事はフォロスハートで出されるものと似たような献立で、鶏ささみを使った生野菜料理なども出された。……猫獣人は野菜などほとんど口にしないものだと思っていたが、そんな事もないらしい。
驚いたのは玉蜀黍汁物に似たものが出た事。色は黄色ではなく、茶色っぽい──玉葱の皮を薄めたような色をしていたが、とろみと味は玉蜀黍を使っている汁物に違いなかった。
猫獣人はパンも米も食べるが、こうした汁物もいくつか種類があるそうだ。侍女が言うには、玉葱や大蒜などは食べないが、人参や蕃茄(トマト)などの汁物も作ると話してくれた。
「それは興味深い」
フォロスハートでも色々な汁物があるが、素材を溶かし込んだようなものは少ない。馬鈴薯の汁物系などが少ないのは文化の違いというやつだろうか。
そうした美味しい朝食を食べた後、俺達は北に向かう荷車に乗って最前線基地まで向かう。神殿側が用意した食料や武器などを運ぶ数台の荷車に乗って、ナンティルが待つであろう北の激戦地へ赴く。
新たな猫獣人の戦士数十人を乗せた荷車と共に。
中央神殿都市の北には複数の砦があった。
かなり厳重な警戒網が敷かれ、北にある山脈から現れる存在に対して、いつでも反撃できるよう備えられていたのを知る。
途中には横一直線に用意された土塁や、川の水を溜める人工的な池なども用意されているのを見かけた。
そうして長い距離を移動していると──遠くに大勢の人の姿があり、大きな砦を擁した防衛拠点が見えてきた。
大きな石造りの砦は城塞と言っていい大きさがあり、投石機や馬車などもたくさん置かれている。
荷車を改造した様な戦車の横を通りながら砦まで近づいた荷車。
俺達は荷車を降りると、前線の様子を見に行く。
数百人の猫獣人の戦士と、小獣人の姿も僅かだけだが見かけた。フォロスハートの兵士や冒険者もここには多く居て、防衛に当たる彼らの士気はとても高かったが、見るからに疲弊している者の姿もある。
「かなり厳しい状態みたいね」
戦士達の様子を見たリゼミラが言う。
訓練をしている兵士の中には腕に包帯を巻きながら、まだ訓練に励んでいる者も居た。
「だな。──おそらく、彼らの旗頭となる英雄が居ないんだ」
そう口にした俺を不思議そうな顔で見ているリゼミラとアディー。
「なにそれ? どういう事?」
「──つまり彼らの中心になるような、心の支えになるような、強い戦士が必要だという事だ。大勢が集まる軍隊だが、その中でも『この戦士が居るから、まだ戦える』と思わせてくれるような強者。そうした存在が必要なんだ。
俺達が以前、金色狼の旅団の中でなんと呼ばれていたか忘れたか? それと同じようなものだ」
ああ──と、リゼミラより早くアディーディンクが声をあげた。
リゼミラは首を傾げながら思い出すように口にする。
「『金色狼の三勇士』って、そんな意味があったっけ?」
「要は『あの三勇士ならやってくれる』という期待を持てる事が重要なんだ。希望ってやつかな。どんなに困難な状況になろうとも『彼らが居るから大丈夫』、そう思わせてくれるもの。それが軍隊にも必要なんだ。
何しろここに居る戦士達のほとんどは、戦争に駆り出されるなんて思ってなかっただろうし、なおさらだ。戦いは不安な気持ちや恐怖がつきまとうものだからな」
なるほどなぁと、他人事の様に言うリゼミラ。
「なに他人事みたいに言ってるんだ。お前がなるんだよ」
「はぁ?」
俺は頑丈な女戦士の肩を叩き、次にレオシェルドに人差し指と中指を突きつける。
「おまえもな、レオ。頼んだぞ」
レオは肩を竦めただけで返事はしなかった。
ただ奴には、周囲に居る兵士達に「精神的支柱」が必要な事は感じている様子だ。
前線基地からさらに北にある陣地には、土塁の他にも丸太の柵や天幕が数多く設置され、犬亜人に対する防衛線がしっかりと敷かれている。
巨大な投石機や攻城兵器に似た、移動式の櫓みたいな物もいくつか用意されていた。
天幕の間を歩き、人だかりがある場所に近づくと、そこには見知った猫獣人の姿があった。
ただし彼女は、俺が今まで見てきたのとは違った鎧姿で、北の方をじっと睨んでいたのである。




