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錬金鍛冶師の冒険のその後 ー冒険を辞めた男が冒険者達の旅団を立ち上げ仲間の為に身を砕いて働くお話ー  作者: 荒野ヒロ
第九章 パールラクーンを巡る戦い

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エルニスの保存食

 前線までまだかなりの距離がありそうだ。

 俺は手綱たづなをアディーディンクに任せ、背嚢はいのうにしまった監視飛翔体を取り出す。

「索敵するんですか?」

「というか、ちゃんと動くか確かめようと思って。これは前線に居る奴に預けて、また西から首都に攻め入れられないようにする為の物になるな」

 映像鏡との接続もちゃんとしていて、動作も問題ない。俺が作って与えた物よりも簡素化されている部分もあり、扱いやすい物になっている。

 混沌こんとんの中を移動する物ではないから、飛行距離は短くていいし、この監視飛翔体の単価は抑えられたものになりそうだ。


「管理局の職員もなかなかやるな」

 荷車には小獣人エルニスの護衛も数人居て、荷車の後方からは驢馬ろば小馬ポニーに乗った彼女らの仲間が追って来ている。

 ゆっくりと進む馬。

 リゼミラが木箱に寄り掛かりながら、何やらくんくんと鼻を箱に近づけている。


「どうした?」

「いや……この箱、なんか匂う……」

 荷車に載せた積み荷の内の一つから、奇妙な匂いがすると言うのだ。

「ああ、その箱の中には──糧食が入っているんです。保存食でとても栄養価が高い『メメルチ』という物です」

 一人の小獣人がそう言って、木箱の蓋を開けて中に入った大きな麻袋の中から、さらに小さな布袋を取り出す。

「よければ皆さんも持って行かれますか?」

 そう言った小獣人の横に座っていた女戦士が、小声で言い聞かせる。


「待ちなさい。メメルチはフォロスハートの人には、ひどく不味まずいと感じるらしいわ。いくら栄養があっても……」

 そんな風に話しているのを聞いて、俺は興味を持った。

「へえ──、どんなのなの?」

 リゼミラも興味を抱いたらしく、小さな布袋を受け取ってその袋を開いた。

「──んっ? 別に、匂いは……いや、まって」

 くんくんと、袋の中の匂いを嗅いでいると、リゼミラは顔をしかめる。

「なんだろ……この、甘ったるい匂い」

 袋から黒いかたまりを取り出す。


 それは大きな飴玉あめだまくらいの、黒砂糖に似た物だった。色々な物が入っているらしく、黒色の中に赤や緑色っぽい物も見えている。

丸薬がんやくみたいな感じだな」

 丸いそれは味噌玉みそだまみたいにも見えた。

私達エルニスでも、それを美味しいと思って食べている人は居ませんが、フォロスハートの兵士の方に食べさせたところ……その、顔面蒼白になってしまいました」

 小さな戦士が申し訳なさそうに言うのを見て、リゼミラは手にした小さな塊を半分にちぎる。


「はい」

 そう言って半分になった物を差し出す。

「『はい』じゃねえよ。……まあ、気になってはいたけど」

 俺は()()()()()()の為、背嚢から水筒を取り出し、膝の間に用意する。

「いただきます」

 心配そうにしている小獣人の戦士を余所よそに、俺とリゼミラは半分に割った糧食を口に放り込む。


「むぐむぐむぐ……」

 それは固く、奇妙な弾力があり、口の中に唾液をあふれさせる酸味もあった。

 柑橘類かんきつるいの匂いかな? そんな風に最初は思っていたが、だんだんと黒い塊の中から──奇妙な味と風味が広がり始める。


「「んぐぅ……」」

 俺とリゼミラが同時にうめいた。

 鼻から抜ける果実系統の匂いが、だんだんと()()()()様な、乾物かんぶつくさい臭いに変わってきた。その臭いが強くなり、甘くて苦くて渋味の強い味が舌の上に広がり始めると、もはや自分が何を口にしているのか分からなくなってくる。

 俺とリゼはとにもかくにも、口に入れた物を細かく噛み砕き、粉砕すると、水筒から水を直接くちに流し込み、無理矢理のどの奥へと流し込んだ。


「ふぅ、ふぅ……」

 鼻を抜ける風味──というか、臭気が凄まじく、息を止めていたので呼吸が乱れる。

「こっ、この味は……初めてだね」

 リゼミラが青い顔で小獣人に告げる。

 いちおう気を使って笑顔を作ったつもりだろうが、口元が完全に引きっており、額には脂汗がにじんでいた。


 これはなかなか強烈な味わいだ。

 俺はだいぶ前に食べたイギリス土産みやげの「マーマイト」を思い出していた。

 パンに塗って食べると聞いて、パンにべっとりと付けて食べたあの茶色い、どろりとした物……

 麦酒ビール醸造じょうぞう工程で生まれる酒粕さけかすの様な物を原料にした食品で、食べた後で調べてみると、「世界一まずいジャム」として語られているのだという。

 健康にはいいらしいが、いささか精神衛生上よろしくない食い物だ。

 本当はパンに()()()()()()()食べるらしいのだが、最初の強烈な味の記憶が脳裏のうりに焼き付き、瓶は冷蔵庫の奥に入れたままだった。


 俺達の様子を見て、小獣人達は申し訳なさそうな顔をしている。

「あ、味はほら、好き嫌いが分かれるし? 身体には良さそう──みたいな?」

 俺は何故か、嘘くさい若者感丸出しで言い訳を口にしてしまう。

 気づくと俺の額からも汗がしたたり、気の所為せいか胸の辺りが、ぎゅっと押さえつけられたみたいに苦しい。

 薬草か何かの効用だろうか。

 それともあまりの不味さに、肉体が拒否反応を示したか……


 そんな風に考えていると口の中から臭いが消えてきて、胸の苦しさも消えていく。

 心配になって身体の調子を確認してみる。──気脈の流れは正常で、問題はない。

 急に身体に影響が出たので、おそらく匂いの成分が呼吸器系に影響したのではと考えた。そういえばのどの奥がすっきりしているように思えなくもない。


「あれ? なんか、胸の奥がきれいになったみたい」

 リゼミラもそんな事をつぶやいている。

 肺の中が蒸留されて、汚れを体外に追い出してくれたみたいな、そんな感じがした。

「味はあれだけど、体の中から綺麗きれいになった気がするな」

 そう口にすると、リゼが「そう、それそれ」と相槌を打つ。

 俺とリゼのり取りを見ていた小獣人の戦士達は、心底ほっとした様子で「それならよかった」と口々にこぼしていた。

イギリスでは「マーマイト」。オーストリアでは「ベジマイト」という発酵食品。

少量つけて食べるといいらしいですね。発酵食品というのは多くの国にありますが、匂いに慣れないと他国の人には厳しいようです。

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